泥棒学校

 

 この間、どっかの店で万引きをやった奴が、ひょっとしたらうちの学校の子かも知れないって言うんで、ガタガタしてる。

とにかく、お金払わないで物を持ってっちゃうのは、まことにもってけしくりからん話だ。

もし、もしもだよ。他人が全然信用できない社会、周りの奴、みんな泥棒だったらどうなるか、考えてごらん。

スーパーや本屋なんか、今の何倍の監視員が必要で、その費用がみんな値段にはねかえり、一般の消費者は高い物を買わなけりゃならない、というわけだ。

便利で費用のかからない生活をしようとしたら、それだけお互いに信用されるようにしなくちゃならない。

昔の事だけど、学校の中に売店があって、そこでノートや鉛筆、消しゴムやコンパスなどを売っていた。

給食がないからパンなども売っていたね。

そこで思い出す事があるんだけど、ある学校、といっても、これは小学校のことだけど、無人販売台があったという。

つまり、廊下のつきあたりに大きい鏡があって、その下の引き出しにいろいろな品物が入れてある。

勿論、全部、値段がついている。

買う人はそこで引き出しから品物を出してからお金を無人販売台の上の箱に入れ、ノートに自分のクラスと名前と品物の名前と金額を書き、鏡の中の自分に向かい「○○を買いました。□□円払います」と言ってきちんとおじぎをして持って来る、という話を聞いたことがある。

それで、放課後に係りの生徒が来て、品物の数とお金とを確認して台帳に記録し、お金は先生の所に持って行くと言うしくみだ。

君達は、何だそんな事したって、しらばっくれて、お金を払わずに品物を持ってっちゃう奴が大勢いるさと思うだろうが、さにあらずして、この学校ではこの無人販売台を初めて以来、何年間も事故が無かったそうだ。

尤も公立の学校じゃあなくって私立の有名校で、何かあればすぐに退学処分だから、たかが鉛筆や消しゴムで大事になったらバカらしいと言う気も有ったろうね。

 

 逆に、ある私立の高校は、修学旅行の時に大事件を起こした事がある。

九州での三泊旅行で、ようやく、これで東京に帰れるという博多の駅での事だ。

その頃、まだ新幹線はなくて夜行の寝台列車だったが、その列車を待つ間、ある生徒が売店でちょいとした物を万引きして来た。

そうして、仲間に見せびらかした。

そうしたら、よしゃあいいのに別の奴も万引きして来て、「ホレ、俺の方がもっと高い物を取って来たぞ」って自慢した。

じゃあもっといい物を取って来よう。俺も俺もと始まって、最後には「ワーツ」と大勢で取りに行って、売店の物を殆どかっぱらって来ちゃった。(笑声)

売店の人が止められればこそだ。

万引きじゃなくって強奪って訳で、とても高価な博多織なんか迄も持って来ちゃう。(笑声)

先生方が遠くで気が付いて「アッ」と思って駆けつけて来た時は既に遅く、ホームに轟然と特急列車が入って来る。

壊されて、からっぽになった売店を残して、盗品は一路東京を目指してひた走り。

 

 さーて、これがテレビニュースで日本中に広まった。

一生懸命に制止したけれど、商品を皆取られちゃった売店の店員の話、現場に近く居合わせて、一体何が始まったんだろうと驚いた会社員の話、例によっての教育評論家のもったいぶった話。

学校では校長先生やPTAの会長さんなんかが警察に行って、事後処理の相談をする。当の三年の緊急父母会が開かれる。

一方、刻々と東京に近づきつつある特急列車は、大阪、京都、名古屋などでホームにカメラマンや報道記者達が待機しているが、テレビの画面に小さく写った列車は忽ち大きくなり、カメラの目の前を窓にブラインドを下げて中の様子は一切見せず走り去って行く。

大勢の泥棒と沢山の盗品を乗せて。(笑声)

中じゃかっぱらった品物を全部整理して、盗んだ奴、うんと怒りつけてたんだろう。

後で品物を返すと言っても、そんな騒ぎじゃ傷も付いてるだろうから返品出来ず買わなけりゃならないし、壊した売店も修理しなけりゃならないし、結構、金がかかったろう。

 

 これは「群衆心理」のいい例なんだ。

人間が一人でいる時と大勢の仲間がいる時では、性格が違ってしまうという事だ。

どう違ってしまうかって言うと、必ず悪い方に性格が変わる。いい方に変わらない事は確かだ。(笑声)

おんや、珍しくみんな一生懸命に掃除してるナ。じゃあ俺はみんなの十倍位一生懸命やろうなんてのは聞いた事はない。(笑声)

 

<脱線千一夜 第11話>  


前へ戻る
メニュー
次へ進む