三猿

 

 昔、中国のいなかの村に優秀な少年がいた。

いなかでくすぶってても、しょうがないと言うわけで、都に上って立身出世をしようと考えた。

昔は飛行機はもとより、電車も自動車もない。中国のあの広い国土を歩くのだから、たいへんなこっちゃ。

泥棒にお金取られて仕方なくアルバイトしたり、山賊に追っかけられたりしたろうけれど、いろいろと苦労して「かんたん」と言う町に来た。

ここの宿屋で泊まることにしたが、ご飯を注文して出来るまで時間があった。

そこで、ちょっとひと休みと言うわけで、居合わせた道士、まあ坊さんみたいなもんだがその人に枕を借りてウツラウツラとしたが、何とその時、ものすごく長い長い夢を見た。

と言うのは……少年はその後も何日も苦しい旅を続け、ようやく都につく。

そうして、働きながら一生懸命に勉強する。

寝る間の時間さえも惜しんで勉強したんだが、と言っても「夢の中で眠る」っていうのはどんなもんかな。(笑声)

それでも、当時の役人になる試験はすごく難しい。とにかく、中国中の秀才が集まっているんだからな。

一回で受かるわけはない。落ちて、また翌年挑戦、また落ちて再び次の年に挑戦、苦しい苦しい受験浪人の日が続く。

とにかく、この頃の中国の受験は今の日本なんか比較にならない程、厳しく苦しいものだったらしい。それでも、苦心の末、何年かでようやく合格した。

そして念願の役人になったが、役人になっても、楽な事ばかりじゃない。

いろいろと次から次へと苦労の連続、どこでもそうだけど、上の人のヘマ押しつけられ、悪者にされたり、自殺したいような時もあったろう。

その間に、お嫁さんをもらって家庭を持ち、子供ができる。

いい子ならいいけど、何人かの中にはロクデナシもいるだろうから、学校に呼びつけられたりして、これもまた苦労の種。(笑声)

そうして、長い長い間、役人として働き、それが、少しずつ認められて、だんだんと出世をする。

一歩一歩高い位に上って行き、最後は、今で言う総理大臣にまでなった。

総理大臣になって、ほっと一息ついた時、「アレッ」と目がさめた。(笑声)

「かんたん」の町の宿屋で、夕食を注文していた、ほんのわずかの時間に、何十年間の夢を見た。

目がさめた時、まだ、夕飯に注文した豆が煮えていなかったと言われ、ほんの十分足らずの事だったとある。

というわけで、少年は、これから都に上っても、今の夢と同じ事だ、もう一度やったって意味ないって思い、また、前の道を戻っていなかに帰り、百姓やって暮らしたって話だけれど、この話、知ってた者いるか。

何人もいるね。これは「かんたん夢の枕」って言う有名な話だ。

 

 これに似た小説があるのを知ってるかね。

そうだね。芥川竜之介の「杜士春」だね。

ほんのわずかの間に、長い長い夢を見ると言う点で、同じ芥川竜之介の「魔術」なんかもそうだ。

これらの話は、実は昔のある宗教に関係がある。

何だろう。そうだ、よく知ってたね。「道教」だ。

宗教には、神道、仏教、キリスト教、回教、儒教などあるが、道教は昔、中国で「道子」という人が始めた宗教だ。

日本には平安時代に「庚申信仰」と言う形で渡って来たらしい。

「村のはずれのお地蔵さんは」なんて歌があるように、「仏教」の方では地蔵菩薩信仰でお地蔵さんが多く作られたが、「道教」では「庚申塔」というのがある。

この辺では巣鴨に「庚申塚」というのがあって、駅の名前にもなってるくらいだね。

 

 さて、この庚申信仰で面白いのは、三匹の猿がいて、それぞれが面白い事をしている絵や彫刻がある。

知ってる人。おや、大勢いるね。その通り。見ざる、言わざる、聞かざるだよな。

してはいけない、と言う「ざる」を動物の猿とひっかけて、三匹の猿の形で現したものだ。

この「三猿」は、今、話したように、「道教」の古い教えで、日本には平安時代から伝えられたものだけど、今の君達にも、けっこう関係してる事が多いので、よく考えてみよう。

 

 「見ざる」……これは何か。つまり必要のないものに気を取られてはいけないってわけだ。

たとえばな。授業中には勉強に関係のない物は見てはいけない。窓を少し開けてサッカーの試合見たり、手紙を回してコソコソ(笑声)

言われる前にやめとけよ。マンガの本、膝の上で読んでる奴は、取り上げられて、恥かく前に早くしまえ。

 「言わざる」……この事は何を言ってるのか。え? 先生に当てられても、返事しないで黙ってる。(笑声)

そりゃあ反対だ。必要な事と悪い事を区別しなけりゃ駄目だ。

実は、この間、先生はある大学の社会人講座に行った。

その大学は、合格するにはとても難しく、東大や早稲田・慶応と肩を並べる位の学校だ。

社会人講座と言っても、一般の大学生と、先生みたいな社会人と混みで、同じ部屋で講議を聞く。

こんないい大学ならさぞかしいい学生で、授業中一言も私語なんかないだろう、と思っていたが大違い。

ギャーツクギャーツクうるさいの何の。大人しい奴がいると思って見れば、これが何と、気持ちよさそうに寝てる。(笑声)

つまり、大事な時に、大事な事を、上手に言う、それ以外は口をきかないってことだな。

 

 「聞かざる」……これもそうで、先生が話してる大事な事を聞かないで、余計な話、「誰が誰のこと、好きらしい」とか「あの先公はダレトカが好きで、劇の練習の時に手を握った」だとか、(笑声) そんなコソコソ話、聞いて喜んでる奴は、先生の話がみんな頭の上を通過しちゃう。

いつも言ってんだろう。授業中に勉強に関係ない事を話しかけられても、返事しちゃいけないんだ。

つまりシカトするんだって。(笑声)

それが本当の友情なんだ。返事しないと悪いからなんて考えて、返事するのは、かえって相手に悪いんだ。

よく考えて本当の友情を持て。そして、授業に身を入れなきゃあ駄目だ。

急に当てられて「今、聞いてなかったから、もう一度言ってくんない」なんてあわてて言う奴がいる。(笑声)

 

 じゃあこんなわけで、みんな、きちんと授業中勉強していこうな。

「黒板をよく見る」「よけいなおしゃべりはしない」「話をよく聞く」これが出来ない奴は、猿以下だ。

豚かな。豚だなんて言うと例によって豚が気を悪くするか。(笑声)

 

<脱線千一夜 第20話>  


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