トンカチ男

 

 トンカチ男って言う人間の話をしよう。「トンカチ男」だ。(笑声)

さてと、トンカチ男って言うと、君達は、どんな人間を想像するかね。

え? 頭が石みたいに堅い男。(笑声)

頭で釘が打てるような奴だな。

ほかには、え? 頭がトンカチ型の男だって。なんだ、この組にもいるんじゃないか。(笑声)

まだいるか? なんとなく間が抜けていて、ヘマばかりしている奴。成程ね。

さて、これから話すトンカチ男は、このどれとも違う。

じゃあ、どんな人間かと言うと、年の頃なら大体六十を出た位、奥さんも子供もいない。いや、いたんだけれど、この男があんまり変な奴なんで、逃げてっちゃった。(笑声)

だから、今、大きな家に一人で住んでる。すごく大きい家だ。庭こそ小さいけれど、建坪ざっと30坪位、アパートにすりゃあ10軒位、30人位は住めるってもんだ。

もったいない話だけれど、それを一人で使ってる。

商売って言うと、これは、ナイ。(笑声)

親戚に金持ちの家があって、一人で暮らす位のお金貰ってるらしい。

そこで、本当の商売はって言うと、昔、大工さんやってたらしい。

だけど、大工の腕はあっても、仲間とうまくやっていけないらしく、工務店から仕事が回ってこないらしい。

たまに、忙しい時、仕事が来るんだろうけど、仕事の無い時は、何やってんのかというと、自分の家を直してる。

自分の家といっても、さっき言ったように、バカでかい家だよ。

その家をいじってる。その家のまわりには、工事用のパイプが、足場として組んであるけど、なんとその工事用の足場はコンクリートできちんと固定されている。つまり、永久工事用ってわけだ。

普通の場合は、建築中の何ヵ月の間、足場を組んで、家が出来たら外すんだが、ここの家は足場がコンクリートで固めてあるんだから、つまり、永久に工事中だってわけだ。確かに、もう三十年もその家いじくってる。(笑声)

外壁はベニヤ張りで、雨に濡れてめくれてしまったりすると、その部分だけを張り代える。

屋根は二階建ての所を、今、一部三階建てに改造中だ。

それを、一人でコツコツとやっている。いや、コツコツならいいんだけれど、夜だろうと昼だろうと、自分の気がむいた時に、ビーンと機械をうならせたり、カリカリと何か削ったり、まあ、ひと様の迷惑を全然考えればこそ。もう無茶苦茶で、トンチンカンチンと釘を打ったりしてる。

だからつまりトンカチ男だ。(笑声)

すぐ隣の家じゃ、あんまりうるさいんで文句言ったら、それがもとでケンカになっちゃったんで、嫌気がさしたんだろう。とうとう引っ越して行っちゃって、そこは、今、駐車場になってる。

所で、このトンカチ男は何を考えてそんな事やってんのかと言うと、恐らく、自分の家をいい家にすることが生き甲斐なんだろう。

アパート作って金儲けしようなんて考えはさらさらござらんらしい。普通だったら、あれだけの家があったら、いろいろと金儲けを考えるだろうがな。

だけれど、今、使っているのは、一階の一部分だけ、そこを工作室にしている。工作室と言っても、自分の家を直すための工作室だ。

本当にもったいないと思うけれど、考えてみるとそれがちっとももったいなくないんだ。と言うのはね、そのトンカチ男の生き甲斐はその家の改造なんだ。トンカチで、あっち直しこっちいじくり、気にいらなけりゃあ、又、作り直すのが彼の生き甲斐なんだろう。

だから、もし火事かなんかであの家が燃えちゃったりして、メチャメチャになったら、まるで雨月物語の中の話のように、彼の体はヘナヘナって崩れて、後に残ってるのは骸骨だけだった、なんて気がするよ。(笑声)

いや、逆に、敢然とファイトを燃やして、再度、新しい家の建設に挑戦するかも知れないがね。(笑声)

 

 そこで君達に言いたい。

昔から言われるように、仕事が趣味なら人生は天国、仕事は大嫌いで遊びが趣味だっていうんなら人生は地獄だってね。

天国も地獄もこの世の中にあるんだ。

「商人は仕事が趣味でなきゃあ駄目だ」って事を、先生も叔父さんから聞いたこ事がある。

君達も自分に見合った良い仕事を見つけて、その仕事に一生懸命に頑張って、生き甲斐を感じるようにしろよ。

君達は勉強が仕事なんだから、当然勉強が生き甲斐で、数学や英語は趣味であり遊びというわけだ。

さて、ではと、数学遊びを始めるか。(笑声)

 

<脱線千一夜 第22話>  


前へ戻る
メニュー
次へ進む