「すきくない」

 

 「すきくない」なんておかしな言葉があるけど、日本語の混乱の一つの例だな。

意味は無論「好きではない」ってことだが、一つの流行として「すきくない」なんて言葉が、ちょっとハイカラめいていて、面白がって使う者が多い。

戦後の一時期「ネバー好き」って言葉もあった。

意味は「すきくない」を強調したもので「あいつったら、エッチっぽい事ばかりやってて、そのくせ女にもてると思ってんのよ。助平ったらありゃしない。だからネバー好きっ!」(笑声) なんて按配だ。

ネバーというのは皆も知ってる通り英語で、強い打ち消しだから「好きではない」つまり「大大大大の大っ嫌い!」という訳だ。

なお、「すきくない」というのは「白い」と「白くない」、「熱い」と「熱くない」のように形容詞の否定は「……くない」となるのだから、「すき」と言う動名詞が「SUKI」で最後の発音が「い」となるので、誤って形容詞の活用にしてしまった訳で、国文法の誤りであり、それに引き換え「ネバー好き」の方は、ネバーという英単語一つは覚えられるというプラスの面がある。(笑声)

 

 話は変わるが、ミス京都からミス日本、そうして映画入りした山本富士子という女優がいる。

当時、日本で最高の知性的な美人と言われていたが、この山本富士子がミス日本になった時に新聞記者達とのインタビューで「とんでもございません」という言葉を使ったら、さっそく国語学者から注意があった。

「あなたは日本を代表する女性だから、そんな間違いを喋っちゃいけない。『とんでもございません』と言う言葉は日本語にはない。もし、言うならば『とんでもない事でございます』と言うべきだ」とね。

でも、日本語の敬語は、尊敬語、謙譲語、丁寧語の三つがあって、それをうまく使い分けるには、それこそ、国語の専門家でないと出来ない位難しい物だろうよ。

皇太子妃の騒ぎの時、テレビのアナウンサーの言葉使いがでたらめだったと批判されたが、大学卒業して、専門的な入社試験を突破して、更に講習等で訓練したアナウンサーでも難しい問題らしいね。

 

 昔の話だが、先生が小学校の時の担任の先生は、言葉使いに物凄くうるさかった。

その先生に向かって話す時に「僕」なんて言うと、目上の人に対して「僕」とは何だ。「僕」とか「君」なんてのは、友達同士の言葉だ。「私(わたくし)」って言え、なんて怒られたね。(笑声)

相手が先生だから、仕方なしに「私です」とか「私がやりました」なんて言ってたが、こんな事、言わされてたのはこの先生の組だけだった。

この先生は若くて独身で軍隊帰りだったから、社会が狭く、自分の体験をそのまま小学校の生徒に押し付けたのだろうが、失礼ながら、いささかピントを逸しているのおもむきがない訳でもない。

でも、面白い事も教えてくれた。とにかく軍隊は忙しい。朝起きて、顔を洗うのと、靴を磨くのと、トイレに行くのとどういう順でやると、手が省けるか考えてみろなんて言われたね。

どうだ。分かるかな。そうだ。まず、靴磨きだ。そうして、手が少しは汚れていてもそのままにトイレに行く。最後に顔を洗う時に手を洗うから、それは一回で済む、といった手順でほんの僅かばかりは時間が節約出来るそうだ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第45話> 


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