脳振とう

 

 昨日からずっと雪が降っていて、だいぶ積もり、今朝は面白がって雪合戦をしていた子がいたけど、先生はどうも雪は苦手だ。

大分前の事だが、クラリーノって雪で滑り易い靴を履いていて、凍った雪の道を、気を付け気を付け駅から学校迄歩いて来たが、学校の門のすぐ前で転んじゃった。(笑声)

徒然草の「高名の木登り」は全く正しいとその時思った。(笑声)

それから何年かしてまた転んだ。

今度はいささか強く打って脳振とうになり、意識が霞んでしまった。

でも、すぐに救急車が来て病院に運んでくれた。何故かっていうと、今度は校門の前じゃなくって交番の前だったからだ。(笑声)

病院でいろんな検査をしたが幸いに異状なし、やれやれ良かったと思ったが、頭が猛烈に痛い。二日たっても三日たっても治らない。

頭が痛くて眠る事さえ出来ない位だ。そのことをお医者さんに話したら、別の病室に変えられた。

その病室のベットには変な仕掛けがしてある。首は固定して足を紐で引っ張る様になっている。つまり横になったままの首っ吊りだ。(笑声)

驚いた事にこの首っ吊りベッドに寝かされたら、一時間ばかりで、あの猛烈な頭痛がケロッと治ってしまった。

聞いたらムチ打ち症だそうで、それ迄、ムチ打ち症と言うと交通事故だとばかり思っていたが、強く頭を打つとなるらしい。

二日ばかりして退院したが、その後、何ともない。

 

 二度ある事は三度あるって言うけれどな。(笑声)

三度目の時は頭は打たなかった。その代わりに右の肘を強く打った。

お医者さんに行って湿布等してもらって一応治ったが、ふだんは何ともないけれど、肘を机に付くと痛い事がある。

半年ばかりして、又、お医者さんに行った。

そうしたら、彼氏、言う事が振るっている。痛けりゃ肘を机に付けなけりゃいいんじゃないですか。さもなけりゃ、小さい布団のような物を作って、そこに肘を付けばいいでしょうとのたもうた。(笑声)

もう、がっくりして、その病院行くのやめた。(笑声)

 

 これは先生の伯父さんの事だが、何だか頭が痛いなんて事を二三日言っていたら、突然に意識不明となってしまい、急ぎ入院したが手後れで亡くなった事がある。

まあ、年は七十過ぎだから、早すぎると言う方ではないが、ふだんはとても丈夫で医者にはかかったことがないという頑健な人だった。

その伯父さんがどうしてこんなに急に亡くなってしまったのか、みんな不思議に思っていたら、お葬式の時に、お坊さんから話を聞いて分かった。

伯父さんは、まあ、土地の顔役といった所で、いろいろな役員をしていて、お寺でも檀家総代をやっていた。

一週間ばかり前に用事が有って自転車でお寺に来る途中、自動車に引っ掛けられて、倒れて頭を打ったのだそうだ。

お坊さんにはその事を話して、少し頭が痛いと言っていたそうだが、家では何も話さない。

明治の男の気っぷで、少々の事はグズグズ言わないで我慢するといった訳だったのだろうが、事、脳に関してはそれは通用しない。

僅かに切れかかっていた脳の血管がだんだんと穴が大きくなり、最後には、もうどうしようもない事態を引き起こす。

ふだん健康な人だけに残念な事だった。

 

 大分以前の事だが、放課後に校庭でサッカーをして遊んでいた男の子が転んで頭を打った事がある。

本人は平気だ何ともないって言っていたけれど、保健の先生が、大事をとってお医者さんに見てもらいましょうという事になった。

丁度、手の空いている人がほかにいなかったので、先生が病院に連れて行った。

着いた時には、学校から電話で連絡が入っていて、CTスキャンという脳の断面を見るレントゲン写真や、頭に針を刺して調べる脳波検査等をやった。

異状はないようだが、専門の先生によく調べてもらうから明日来て下さいと言われ、その子の家にタクシーで送って行った。

あいにく、家の人は誰もいなかったが、本人が鍵を持っていたので家の中に入り、今日は寝てろって布団を出して寝かせた。

家の人が帰って来たら学校に電話するように言いなって言って先生は学校に戻った。

それから何時間かたって、学校にその子のお母さんから電話がかかって来た。

お母さんの話では、帰って来たらその子が寝てる。

一体どうしたんだろうと思って起こしたら、びっくりしてる。

今、学校でサッカーして遊んでたんだけど、いつ、家に帰って来たんだろう。(笑声)

つまり、頭を打ってからの事は何にも覚えてないって訳だ。

宿題やってないのをしらばっくれてごまかすのと違う。(笑声)

本当に覚えていないんだ。病院に行った事も、検査をした事も、先生とタクシーに乗った事も。

脳波の検査で頭に針を刺された事くらい覚えてりゃいいのに、すべて心の旅路に置き忘れ。

何日か休んでから、学校に出て来たので、お前、本当に覚えていないのかよって聞いたけど、何も覚えてないって言っていた。

このほか、高尾山に遠足に行った時、滑って道から落ちて頭を打ち、暫く植物人間になって入院してた奴もいたが、みんな位の年の子はまだ血管が柔らかいから、ひどく破れなければ、やがて塞がる。

幸いに何ヶ月かして元通りになって、通学できるようになった。

イヤ、元通りじゃない。それから、そいつには「高尾山」って言うあだ名がついた。(笑声)

 

<脱線千一夜 第49話> 


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