国民は梅干しを食え

 

 酸性とアルカリ性ってのは理科で習ったな。

そうだな。リトマス試験紙を使って、赤なら酸性、青ならアルカリ性。

フェノールフタレンという薬でも調べられる。これだと透明なら酸性、赤ならアルカリ性になり、酸性の物には塩酸、硫酸、硝酸、酢等があり、アルカリ性の物にはアンモニア水、苛性ソーダ、消石灰等ある事、みんな理科の時間に習って知ってるな。

 

 所でな、酸性の食品と、アルカリ性の食品と言うのは知ってるか?

家庭科の時間に習ったのか。じゃぁ、梅干しは何性だね。

アルカリ性? ご冗談でしょう。あんな酸っぱい物が何でアルカリ性になるんだ。酸っぱいというのは、漢字で書いても解る。「酸」という字が入っている。

あんなに酸っぱい物が、何で酸で有ってはいけないんだ。梅干しが赤いのは、リトマスのような物が入ってるからだ。だから酸性で赤くなってる。

何だって? 家庭科の先生が、そう教えたから。

家庭科についちゃ向こうの方が本職で、先生なんかシロウトだって。(笑声)

こりゃあ恐れ入りましたダ。だけど、今言った梅干しは何故アルカリ性か知ってる者いるか。

何人かいるな。何故だろう。そうだな。

人間の体の中に入って消化されてアルカリ性になるからだな。

簡単に言うと梅干しをよく乾かして、燃してしまって、残った灰を水に溶かすと、酸性とアルカリ性のどっちになるかって言う事だ。

じゃあ、人間の体はどっちだろうかねえ。

答えはややアルカリ性。

だから、アルカリ性の食べ物を食べないで酸性の食べ物ばかり食べてると、体がおかしくなる。

つまり、心臓病や高血圧、糖尿病などにかかり易くなる。

食べるべき物はアルカリ性の食品の「野菜」であって、酸性の食品の「肉」「魚」「卵」は健康に悪い。ご飯のなかに一つ梅干しを入れた日の丸弁当が一番健康に良い。(笑声)

と言った、なんと馬鹿馬鹿しい理屈が戦争中にはあったものだが、場合によってはもっと酷いのもあった。

「そもそも疲れというものは、体内に未消化物がある」と小学校六年の理科の教科書に出てた。

これ書いたオッサン正気かねって子供心に思ったよ。

酸性の食品は良くないというのは中学の時だったが、これはそれ程感じなかった。

何故かって言うと、日米戦がひどくなって、極端な食料不足、肉にしろ魚にしろ卵にしろ、全然お目にかかれないような状態だ。

酸性だろうとアルカリ性だろうと、食える物がありゃあ結構だと言う時代だったからな。(笑声)

 

 とにかく日本と言う国はろくに物が出来ない。

その中で大勢の兵隊を使って戦争をするとなると、まず国民に節約をさせなけりゃならない。

そこで政府の御用学者のオッサン達にこんな都合のいい事言わせて国民に強制する。

肉や魚や卵なんかは体に良くない。

お前等は梅干し食ってりゃ一番いいんだなんて、国民に適当な事を言う。

これ、本気にして梅干し一個だけがおかずの「日の丸弁当」が、日本の大和魂の根源だなんて信仰して、梅干しを種まで食うのが一番良いんだなんて、毎日、種まで食べていて、それが元で死んじゃった人がいた。(笑声)

ウソみたいな話だけど、これは本当の事だよ。

まあ、そうして国民にはろくなもの食わさないで、支配者階級を始め軍人達は旨い物食ってたんだ。

それでも特攻隊にされてしまって、明日の命は無いという人ならとにかく、負けそうになって危なくなると、偉い奴等はさっさと飛行機で逃げ帰って来てしまい、一般の兵隊達はジャングルの中に置きっぱなしにされる。

ニューギニアで、インパールで、フィリピンで、ガダルカナルで。

ガダルカナルは、頭文字のガを取って餓島と言われた。

カエルやヘビ、それもうまく見つかればいいけど、死んだ友達の肉を切って食べる。

もっと切羽詰まって来ると、弱って歩けなくなった友達を殺してしまって、その肉を食うと言った凄惨な事もあったそうだ。

日本の内地でも配給だけじゃ足りないから、ヤミって言って法律を無視し、田舎から高いお金を払って、米や麦やイモを買って食いつないだものだ。

ある偉い裁判官が、自分は法律を守らせる人間だからという訳で、信念もって絶対にヤミはしなかったんだが、気の毒にとうとう栄養失調で亡くなってしまった。

つまり、生き残ってた者はみんな、総理大臣だろうと警視総監だろうと、ヤミで食い物買ってたんだ。

だから、今生きてる日本人達は、大臣だろうと議員だろうと役人だろうと、みんな法律違反でヤミ米買ってたんだ。

聞いた話だけど、ある家でヤミ米を一俵買い込んで天井裏に隠したら、天井が落っこって修繕が大変だったそうだ。ヤミ米を暗ヤミに置いたのが、良くないんだろうな。(笑声)

 

<脱線千一夜 第60話>


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