リンゴの皮と玄米
日米戦の時、政府は食料の不足を酸性とアルカリ性の話に引っ掛けて、国民に我慢させようとした事は、この前に話したな。
所で、これに似た話は色々とある。まずはリンゴの事だ。一つ、聞いて見よう。
@リンゴの皮には栄養は無い。
A皮と身との間に栄養が有る。
B皮に栄養が有る。(三つとも板書)
はて、どれが正しいか聞いて見よう。手を上げてごらん。
@と思う人、Aと思う人、Bと思う人。
ほう、絶対多数でAだな。
先生自身も子供の時に、そう聞かされて来た。所がギッチョン、大間違い。(笑声)
正解は@なのであります。
無いと言ってもジャガイモの皮くらいは有るだろうが、そうかといってジャガイモを皮ごとはたべないね。
じゃ、何でこんな変チクリンな話、民間信仰みたいな物が出来たんだろう。
さかのぼって調べた訳じゃないから、本当に合ってるかどうか分らないけど、先生の考えではダ。
先生の考えでは、昔、大人は何かと忙しかった。だから、子供なんかには、赤ちゃんならとにかく、手がかけられない。
リンゴを買ってやるだけで、手一杯。それをきれいにむいてやるなんて、暇が無い。
そうかといって、子供にむかせりゃ手を切りそうで危なくてかなわない、何とか騙して皮ごと食べさせられないだろうか考えたと言う訳だ。
「リンゴの皮には栄養があるから、皮ごと食べなさい」なんて言うと、何か怪しい、
「じゃあ、西瓜の皮は? ミカンの皮は? 牛の皮は? 豚の皮は?」(笑声) と逆襲される。
そこで、何となく胡散臭いような気もするが、本当かもしれないような、「リンゴは皮と実との間に栄養が有るから、皮ごと食べなさい」なんて言ってタブらかした。
昔から言うだろう。子供騙しは屁のようだなんでな。(笑声)
この事は、忙しいお母さん達にとって絶好の理屈だったから、次々と伝えられて行って、どうも日本中に伝播されてしまったらしい。
所でナ、この逆のような話もある。
本当に皮に栄養があるんだ。それも、人間にとって大事な栄養なんだ。
エ? よく知ってたな。その通りお米だよ。
お米は稲の実をとって、回りの籾がらを剥がすと玄米になる。
この玄米は回りに薄黒い皮を被っているので、これをお米屋さんが精米機にかけて削りとって、君達が食べる白米にする。
昔、徳川時代に「江戸やまい」と言う奇病があった。
田舎の人が江戸に出て来ると、体の調子がおかしくなる。田舎に帰ると治ってしまう。
又、江戸に出て来ると病気になる。田舎に帰るとケロッと治る。
江戸に来ると罹る病気だからと言う事で「江戸やまい」と言われた。
これは今で言う脚気(かっけ)で、ビタミンBの不足だ。
玄米の皮の部分、回りの薄黒い所にはビタミンBが多く含まれているが、中の実に当たる白米にはこれが入っていない。
だから、田舎で玄米食べてた人間が、江戸で白米食べて、つまりビタミン捨ててしまった残りを旨い旨いと食べて、栄養が偏ってしまったんだ。
それでも田舎に帰れればいい。悲惨なのは日清日露の戦争だ。
海軍では経験重視のイギリス医学が主流で、脚気の原因はどうも白米にあるらしいと言う事が分かり、どの軍艦でも必ず米に麦を混ぜる命令を出して、脚気患者の絶滅に成功した。
陸軍はドイツ医学を主流にしていて、脚気には必ず脚気菌がいる筈だ。それを探さないで、お国の為に戦っている兵隊さん達に、まずい麦飯なんか食わせるなんて、海軍は一体どんな了見なんだ、と言っている内に脚気での膨大な死者を出してしまった。
この時の陸軍の軍医の親玉は人も知る「森 鴎外」 この書き物の巧い奴が、世界で初めて脚気の治療法を発明した海軍の軍医総監の「高木 兼寛」のことをインチキ医者とメチャメチャに悪口を言い広めた。
外国では高木を招いて講演をしてもらったり、脚気の征服者として高く評価していたが、日本の陸軍では森が威張っていて、結局、陸軍が海軍並みに脚気を追放出来たのは、森鴎外が死んでからになり、何万人の脚気での死者が出たのは、彼が頑迷であった事にほかならない。
「巧言令色 仁に遠し」の典型的な例だろう。
まあ、日米戦で日本が負けた一つの理由に陸軍と海軍と不仲だった事なんかが言われるが、面子にこだわって、先方のいい所を取り入れようとしない森鴎外が、そのルーツなんかもしれない。
エ? 国語の時間に森鴎外があっても、「巧言令色」だから勉強してやんない、(笑声)
まあ、そりゃあどうかなあ。医者としての森鴎外はヤブでも、文豪としてのヤツは違うからなあ。「仁に遠し」でも「点数に近し」かも知れないぞ。(笑声)
<脱線千一夜 第62話>
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