「イヤダ!」

 

 コナイダナ。一寸した用事があって、中央線に乗ったんだ。

新宿で高尾行きが来る。早速乗り込もうとしたんだが、ヘマして列の後の方に付いちゃったんで、座れないかと思ったけど、幸に一つ空いてたんでそこに座った。

 

 所で今のJRの電車は片側4枚扉、長い椅子席、サイドシートって言うんだが、7人掛けになってる。

新しい電車で京浜線なんか走ってんのは、シートの所に柱が立っている。

2人掛け、3人掛け、2人掛けと分かるようにな。知ってる者大勢いるね。

この柱のない電車はどうかって言うと、その時で6人掛けに成っちゃったり、ひどい時には、ゆったりと5人掛けをしていて、一方で立ってる人がいたりしてるのだから、不公平だ。そこで、椅子に色を付けた。

真ん中のだけは、一人分だけ違う色、その両側が3人掛けと分かるようにな。

それから、シートを3人掛けと4人掛けと別の物にして、分かるようにしてあるのもある。

そんな訳だけど、先生の乗った電車は、このどれでもない。と言うのは、長いシートに正方形の模様が7つ書いてある奴だ。これも知ってる者大勢いるよな。つまり、一つの正方形が一人分ですと分かり易くしてあるんだ。

先生が座ったのは、7人掛けの長いシートの中で、左から3つ目のが空いてたのでそこに腰掛けたと、まあここまでは当たり前の話。

 

 所が途中で先生の右隣りの女の人が、なんだかモゾモゾし始めた。

年の頃は、芳紀まさに20才くらいの女性、この娘さんが何か落ち着かない。と思ったら、駅でもないのにサッと立ってドアの方に行ってしまった。

何だ、降りるのか、と思って見てたら、次の駅で降りない。なんだか先生の方が、ていさい悪くなっちゃったよ。(笑声)

所がその娘さんの向こうに座ってた男が、だんだんと体を動かしてきて、最後には、ヤッコラショとばかり、膝を折って足を椅子の上に持ち上げた。勿論のこと靴を履いたままで。

 

 何だ。こいつが二人分の席を取りたいから、あの娘さんを突っつき出したのかと分かり、あきれた奴だなと思って、どんなツラしてるのか見たかったけれど、反対側向いてたから、分からなかった。

さてそれからだ。少しして、電車に乗ってきた50位の女の人が、その男が2人分の席を取っているのを見て「すみません。座らせてください」と頭を下げて頼んだ。

これからが、今日のメインイベント。その男の言うことには、

「イヤダ!」(笑声)

いや、こりゃあ恐れ入りましたねえ。小学生の、それも低学年の悪ガキ並みだ。

これ聞いただけで、こいつのツラはとにかく、親のツラを見たくなったね。

で、その女の人は呆れたらしく、反対の方を向いて立っていた。幾つかの駅を過ぎて、その男は降りていったので、空いた2人分の席に、その女の人と、いきさつを知らなかったらしい人と2人座った。

そこでその女の人に「あいつ、変な奴でしたねえ『イヤダ!』なんて言って、威張ってましたねえ」と言ったら、その女の人も「そうですね。私もびっくりしましたよ」との事だった。

 

 まあこんな風に、大人でも常識が無くって自分勝手な奴はいる。

体つきは太っていて、テレビタレントの渡辺徹には悪いけど、あんな感じの後ろ姿だったな。

でも、太ってるからって、図々しく2人分の席を取っていいもんじゃない。

もしあいつがチカンだったとすれば、娘さんがいやがって逃げて行ったのは分かるが、他の女の人が来たときに断ったのは、合点がいかない。もしチカンだったとすれば、若い娘好みのチカンだったのかな。(笑声)

 

<脱線千一夜 第64話>


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