砕氷船宗谷

 

 よく言われるが、運のいい奴にはかなわないなんて言葉がある。

特に戦争中はそんな事が多かった。ほんの紙一重が生と死を分けるんだからな。

友達の兄さんに神風特攻隊の隊長だったのがいた。

隊長だから部下の隊員を率いて、アメリカの軍艦に体当たりするため歓呼の声に送られて出発する。

所が運がいいか悪いかどうか分からないが、途中でエンジンが故障してしまった。

これじゃ敵の所まで飛んでいけない。俺はしょうがないから出直しだ。お前達だけで行ってぶつかってくれ。(笑声)

基地に戻ってエンジン直したりぐずぐずしてたら、8月15日になって日本は負け戦争は終わり。(笑声)

 

 日露戦争の時に、日本海海戦でじゃん勝ちした東郷元帥も、運のいい男だったらしい。

海軍大臣の山本権兵衛が、歳で定年になった海軍の軍人の決済をしてる時、東郷平八郎の書類を見て、こいつは運のいい奴だから、もう少し仕事させるかと別にして置いた。

そうして山本権兵衛の思惑通り、司令官になった東郷は大手柄を立てた。

運の悪い奴が司令官だったら、あんなバカ勝ちはしないで、日露戦争は、別の形になってたろうな。

 

 船乗りの世界も「板子1枚下は地獄」と言われてるように、運が物言う世界だ。

ハワイ沖の「えひめ丸」なんてのは本当に運が悪かったんだな。シャチの鰭のようにとんがった、まるで鉈(なた)か鉞(まさかり)のような原潜の垂直尾翼で、船底を切り裂かれちゃったんだからひどい。

道でいうなりゃ、軽自動車が走っていったら、突然地面から地下鉄が飛び出したようなもんだ。(笑声)

いや、地下鉄ならまだ民間の物だからましだ。地面から戦車が飛び出したようなもんだ。(笑声)

 

 大分前にも、これは日本近海らしいが同じ様なことがあったらしいな。

その時に日本は何故か強く出られなかったので、今回も適当にごまかそうってのかも知れないが、えひめ丸は練習船であり、学校の延長だ。

向こうは潜水艦と言ったって観光船だ。私利私欲のために、アメリカに強く出られないといった政治家や財界人であって欲しくないね。

 

 所で、この反対に物凄く運のいい船がある。

日米戦の時に日本の船は、アメリカの潜水艦の魚雷攻撃で物凄く沈められた。魚雷ってのは海の中を走る爆弾だ。

先生と以前一緒だった社会の先生が、日米戦中に海軍士官だったんだけど、北海道の沖合でこれにやられたという話を聞いたことがある。

月の夜だったんだそうだが、急に船が大きく舵をきった。ぐーーーんと曲がると白い泡を立てて、敵の魚雷が走っていく。

又、反対に舵を切る。二本目の奴が船すれすれに走っていく。

続いて三本目の奴がやってくる。南無三。逃げられるか。残念。逃げ切れない。と思った時に大爆発。

でも沈むのに時間があったので、殆どの人は逃げられて、ボートに乗って救助の船を待っていたとの事だったが、あの時にもうちょっと時間がありゃ、パチンコ持ってこられたんですよ、残念だったですけどねとのことである。

なんだい、パチンコって? そうだな、ピストルだ。士官だから自分用のピストル持ってるんだ。

まあ、持って帰ってきてもどうって事無いけどな。強盗なんかやりそうな人じゃなかったし。(笑声)

 

 このように日本の船は片っ端からアメリカの潜水艦の魚雷にやられてしまうのだが、その中でも、一隻、運のいい船があった。

宗谷って言う船だがね。

戦争中に兵隊や武器弾薬や食料を積んで、何回も何回も日本と戦地を往復し、狙われても何とか逃げ切ってしまう。

一回だけとうとう逃げ切れなかった。

白い航跡を残して走ってきた敵の魚雷は、宗谷を餌食にすべく、見事に船体にぶつかった。駄目だ。と思ったが全然何ともない。

駄目だったのはアメリカの魚雷で、宗谷が沈む代わりに、魚雷が海の底に沈んで行っちゃった。(笑声)

当たったけど爆発しなかったんだ。つまり不発弾という奴だったんだよな。

そもそも宗谷は、ソ連、今のロシヤの注文で造った船で、北の海で氷にぶつかっても平気なように、頑丈に作ってあったから良かったのだろう。

注文は取り消しになったので、日本の会社が北の海で使っていたらしい。

 

 それから10年ばかり経って、国際的に南極の観測をやる時が来た。

戦争に負けて、滅茶苦茶な日本にはそんな事に協力できるはず無いと外国じゃ思ってたらしいが、バカにすんない、日本だってやる気になりゃあ出来るんだと名乗りを上げた、このあたり、金をチョロまかす意味のない公共事業と違って、貧乏だから、かえって良かったのかも知れない。

そこで、南氷洋の氷を割って進む砕氷船として、この、宗谷が選ばれた。

理由は頑丈で運がいいと言うだけじゃない、新しい良い船は高くて買えなくて、戦争中にこき使った中古で安かったんだろう。(笑声)

どうせ徹底的に改造するんだから、新品でも中古でもおんなしなんだろうな。

 

 砕氷船というのはどうやって氷の海を進むのかというと、まず勢い付けてぶつかって硬い船首で氷を割る。

そうしたら少し戻って、又、勢い付けてぶつかる。

例の原子力潜水艦の垂直尾翼は5メートルの氷を割れると言うが、砕氷船もある程度の氷を割ることが出来る。

さてそれで割れなけりゃどうするかというと、船の前と後に水のタンクがあるが、前をカラッポ、後ろを水でいっぱいにして突っ込んでいく。

そうして氷原の上に船の舳先を乗り上げる。乗り上げたら、前の水タンクに水をいっぱい入れる。

そうしてその重さで氷を割る。駄目なら船員がみんな舳先に集まって、跳び上がったりなんかして、人間の重みで勢いを付けたかも知れないな。(笑声)

ま、それは無理だろうが、どうしようもなけりゃ氷の中にダイナマイトを仕掛けて、氷にひびを入れる。

こういうと簡単なようだがなかなか大変な物らしい。

でも、外国の優秀な砕氷船はジィーゼル電気と言う奴で、ジィーゼルエンジンで電気を起こして、その電気でモーターを回しスクリューを回転させる。だからスイッチの切り替えで前進にも後退にもなり、エンジンは同じように回転しっぱなし。

宗谷はと言うとこりゃ普通の船だから只のジィーゼルエンジンで、前進から後退にするときには、いったんエンジンを止めて逆回転にしなけりゃならない。だから時間がかかる。

そんなわけで、行きはいいとして、帰りには急に寒波が来て、厚い氷の中に閉じ込められちゃった。

さあ大変、日本に帰れない。来年の夏までこのままかと言うことになった。

普通の船じゃ氷に挟まれて壊れてしまうが、砕氷船の宗谷は両舷にバルジと言うのが着いている。

これは船を左右に傾けて氷を割るというのと、氷に挟まれてにっちもさっちも行かなくなった時には、氷の力で船を浮き上がらせて、船を氷から守るという役がある。

どうしようも無くていよいよ駄目かと思ったときに、時の氏神が現れた。ソ連、今のロシアの砕氷船のオビ号が丁度近くにいたんだ。

普通ならとにかく、国際地球観測年の行事だから、頼んだら一つ返事でやって来た。オビ号は宗谷より一回り大きい、そうしてさっき言ったジィーゼル電気だから能率がいい。宗谷が閉じ込められていた氷原を、ぐんぐんと進んでくる。

そうして宗谷はこのオビ号の後について、氷原を脱出したのだが、残念ながら、宗谷がオビ号のお世話になってから、いくらか暖かくなって、一時期、氷が緩んだと言うことなんだ。だから、頼むこと無かった。(笑声)

運を天に任せるという言葉があるが、とにかく運のいい宗谷だから、運を宗谷に任せていりゃ良かったのにな。

ソーヤ、ソ−ヤ、なんて言っちゃってな。(笑声)

 

<脱線千一夜 第76話>


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