自殺行 

 

 レミングと言う動物がいる。

タビネズミと言って北ヨーロッパに住んでいるんだが、何でタビネズミなんて名が付いたか知ってるかな。

そうか。知ってる者、何人もいるな。その通りに何年かに1回大移動をするんだ。

群全体じゃないが、その一部が一せいに旅に出発、ハメルーンの笛吹男の話は知ってるだろうが、目に見えない笛吹男の笛の音につられるように、莫大な数のレミング達が大行進を始める。

牧場だろうと畑だろうと山でも谷でも、どんどん進んでいく。川だって泳いで渡ってしまう。そうして行き着く先は当然のこと「大西洋」だ。これも泳いで渡ろうってんだから、その意気や壮とすべしだよな。

でも所詮(しょせん)相手が大西洋じゃ蟷螂(とうろう)の斧、匹夫の勇でしかない。みんな溺れて死んでしまう。溺れないで海岸に打ち上げられたものだって、食料が無くって餓死だ。

 

 じゃあ、レミング達は何でこんな無謀きわまる大旅行をやるんだろうね。え? バカだからだって。(笑声)

又、始まったか。そりゃあ、ご自分のことだろうがね。レミングなんてアダナ付けられんなよ。(笑声)

ほかにないか。そうだな。数が増えて食料が足りなくなったからか。

レミングはタビネズミというようにネズミの仲間だから、食糧があればどんどん増える。それからは今迄に話したこともあるマルサスの法則で、人口に比べ食糧が不足する。ネズミだから人口じゃなくってチュー口か。(笑声)

このままじゃ飢饉で全滅してしまう。そこで一部のレミングが数をへらす為に自殺する、と言う訳なのだと言われている。気の毒にね。

 

 じゃ、レミング達は居残り組と自殺組をどのようにして分けてるのだろうね。

誰だって自殺したいとは思わないだろうし、居残り組に希望するに決まってる。所がちゃーーんと二つに分かれる。あみだくじやジャンケンしたような様子はない。(笑声)

本能だって。そんな事書いてある本もあるな。脳の中に入っている自殺のプログラムか。

自殺のプログラムというのは我々人間にもある。君達がお母さんのお腹の中にいた初めの頃は、手なんかはボールみたいな物だった。ジャンケンだったらグーしか出せない、どらえもんみたいだ。(笑声)

それに四つの溝が出来、そこの細胞達が自殺して五本の指になった。

断っとくけど、始めに手のひらがあって、そこからニョキニョキと指が伸びてきたんじゃないぞ。(笑声)

オタマジャクシが蛙になるときに、しっぽが無くなるのもそうだな。

 

 所で、こういった脳の中に入っている自殺のプログラムとレミングの自殺行とは、少し違うような気がするな。

ここで少しばかり時間のネジを逆回転してみよう。

これは北アメリカ州のある鳥のことだが、大西洋のはるか彼方、何日も飛び続けないと行き着かない島に行って産卵をする。

そうして子供を育てると、またもや何日もかかって大陸に戻る。

何でこんなに大変なことをやるんだろうか。そうだな。ヘビだとかイタチだとかと言った天敵がいないからだろうな。

じゃ、どうやってそんな理想的な島を発見したんだろうか。そうだ。その通り、プレート移動だ。

 

 プレートというのは、大陸や海など乗せている、大きい板のような物とと考えりゃいい。

日本はこの中で、北アメリカプレート、ユーラシアプレート、フィリッピン海プレートがぶつかっていて、それぞれが勝手な運動をしてるから、地震が起きやすいことはみんなもよく知ってんな。

そこで、この島、鳥が産卵や育児に来る島は、大昔は大陸のすぐ近くにあったらしいんだけれど、大陸とは別のプレートに乗っていたんだ。

この二つのプレートが少しずつ、本当に少しずつ、ずれて離れていった。

動物は親のやったことを真似る。だから、自分が生まれた所に行って子供を産む。1年にはほんの何ミリだろうから、全然気が付かない。所がチリも積もれば山となる。

何千万年かの間に島ははるか海の彼方になっちゃったんだが、鳥たちは親たちがやったんだから、俺達だって出来るんだとばかり、大旅行をやる。

このように親の記憶は子供に引き継がれて、自然が変わっていてもそのまま種族の中に残っていく。犬もそうだ。

昔、アラビヤオオカミと言った小型の哺乳類が人間に飼われて、長い年月の内に、人間の言うことを聞いてりゃ餌にありつけると言ったことを学んだ。これが犬だ。

猫は人間に飼われてからの期間が犬よりずっと短いから、そこまでは人間に依存しないという野性が残ってるけどな。

 

 所で、レミングことタビネズミのことだが、彼等は今迄に、個数が増えすぎて食糧不足になってしまったことが、何百万回も何千万回もあったに違いない。

その時に、一部のパイオニア達がコロンブスのように新天地を求めて出発する。殆どが海で溺れて死んでしまうが、ほんの僅か、新天地を発見した者がいるだろう。

おお、素晴らしい、この緑の大地を見よ。此処こそ我らが求めて止まなかった、乳と密の流れる土地である。

このようなことが、つまり運良く生き延びて、いいくじを引き当てた者が、次の世代を残すことが出来る。

このことが、沢山繰り返されるうちに、レミングの種族の記憶の中に、新天地を求めて、そうしてそれを克ち得た勝利の記憶が残される。

どっかにいいとこがあるだろうなんてのこのこ出かけていって、溺れて死んじゃうなんて記憶はない。死んじゃった奴には、子孫はないからな。

今、生きてるのは、幸運にも、全ての冒険に成功したレミングの子孫だけだ。一回でも失敗したら、それでお仕舞い、子孫は残らない。

だから、その先に恐ろしい死が待っていることも知らず、勇敢であった先祖に負けない様に、敢然として新天地発見の旅に出発するってわけだ。気の毒にな。

 

 え? 全然冒険しないでいつも居残り組なら、ずーーつと生きられるって。

成る程、君達が考えそうなことだな。どんなに嫌がらせされようと、何でもかんでも先祖伝来の土地から離れないと言う、保守主義か。

でもそれがうまく行きそうにないんだな。十年百年ならいいとしても、何十万年、何百万年の長いスパンで考えると問題が起きる。

地殻変動や大陸移動なんてのがある。実り多い平原が、海の底になったり、極地に引っ張られて、ツンドラ地帯になったり、またまた高山になったりしたんじゃ、そこには住んでいられない。

図々しく、でかいツラして居座れる所は、地球上にはないんだ。義務教育の学校の教室だって、9年間で追い出される。(笑声)

でも君達、心配するな。追い出されても、溺れ死にする訳じゃないから。(笑声)

 

<脱線千一夜 第77話>


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