北条民雄

 

 長い間先生商売してるが、大成功して大きいクルーザー買って、世界一周旅行やるから先生一緒に行かないなんて奴、一人位いてもいいけど、全然いないな。(笑声)

反対に人生に行き詰まりを感じたのか、自殺しちゃった者は何人もいる。催眠薬とか電車とかでだ。

そういった連中はどっちかというと成績が良く、真面目、そうしてハンサムボーイや美少女、失礼とは思うが勿体ない話だ。(笑声)

でも本人に取っちゃあ思い詰めた果てなのだろうが、気の毒なものだ。恐らく男女関係のもつれが多いのだろう。

所で、以前に比べると近頃あまり聞かないな。それだけ、人情がドライになったんだろう。

(美空ヒバリの替え歌で)♪その子じゃ駄目ならこの子にしよう♪(笑声)

なんて塩梅に、近頃の子は携帯電話で慣れてて、スイッチの切り替えが早いからな。

 

 昔、この自殺志願の青年がいた。その名は「北条民雄」

え、知ってる? 「いのちの初夜」 そうだな。20才になったばかりで「いのちの初夜」という大ベストセラーを書いた人だ。今でも文庫本で売られてる。

 

 この北条民雄は生まれつき頑健、頭もいい。子供の時からガキ大将で、近所の子供達をみんな子分にしてる。勿論のこと、自分より上級生もだ。(笑声)

勉強はと言うと、君達と同じで大っ嫌いだったそうだ。

でもな、勉強しないからって、ペケになるわけじゃない。いつでも上位から10〜20%と言った所。勉強すりゃトップになったろう。

義務教育終えてから、上級学校に進学するかって言うと、勉強なんか嫌いだからって、仕事に出る。それも、隠れるようにして家出して、東京に出て働く。それでも夜学に行ったと言うんだから、どういう了見だか分からない。

 

 何年かして、兄さんが危篤という知らせがあり、急いで実家に帰るが、そのころは新幹線なんかない。汽車ポッポの時代だから、兄さんの生きてるときには間に合わなかった。

兄さんが死んだので、民雄が跡取り息子になったが、しっかりしてなけりゃいけないのに、遊んでばかり。悪い友達とつきあって、悪い所に出入りしていて困る。悪い所というのは、その通り、君達が想像してるような所だ。(笑声)

親とすりゃ、こりゃ困った。嫁でも貰やあ、この悪い癖は止むだろうと思い、親戚に話を付けて、そこの娘を民雄の嫁に貰った。

驚くべし。民雄18才、妻17才という若さだ。

 

 所で、北条民雄は結婚する前から、ある病気にかかっていた。

君達みたいな「怠け病」だとか「ものぐさ病」なんてのとは違って、凄く恐ろしい病気だ。

らい病だ。らい病について知ってる者いるか。そうだな。体が腐っていく病気だ。

「もののけ姫」っていう映画があるだろう。あの中に、体を包帯で巻いた病人が沢山出てくるのがあるが、あれがらい病患者の病院だ。

北条民雄は他人には言わなかったが、体の一部に感覚の無い所があり、らい患者特有の赤い腫れ物が出来てきたので、本を読んで、ひょっとしたら俺はらい病かも知れないと心配していた。

結婚前の御乱行は、心配のあまりの自暴自棄だったのかも知れない。

結婚してから少し経って、家族には内緒に大病院に行って見て貰ったら、確かにその通り、らい病であるとの宣告を受けた。

そのことを奥さんに相談したらしいが、奥さんは、民雄が、すでにらい病の兆候があったにも関わらず、それを内緒にして平然と結婚したことを、気狂いの様になって責めたかも知れないし、又、民雄が奥さんに、まだ若いのだから、らい病人である自分と早く別れて、健康な人と結婚した方がいいと言ったかどうか分からない。

どっちにしろ、若い二人はたったの4ヶ月で離婚と言うことになった。

その後、民雄は別れた奥さんのことを「自分を裏切った女」と書いているからには、あまり後味のいい別れじゃなかったのだろう。

でも、何年かして彼女が病気で死んだ時には、やさしくいたわった文が書かれている。

 

 それから民雄は死に場所を求めて、あちらこちらとさまよう。

江ノ島の裏海岸で海に飛び込もうとしたら、遠足の小学生が大勢来ていて、楽しそうに遊んでいるので、死ぬ気がなくなってしまう。

同じ様な自殺志願の友人と二人で、日光の華厳の滝に飛び込もうと行って滝壺の真上に立つ。

さあと言うときになって民雄は、その友達に「俺はまだ人生でやることが残っているような気がする。飛び込むんならお前一人でやんな」と言って帰って来ちゃう。(笑声)

何? その友達? 一人で飛び込んじゃったらしいよ。(笑声)

親友づらしてても、こんなに友達甲斐の無い奴はないな。確かに北条民雄と言う男は身勝手で嫌われ者だったらしく、葬式の時も、友人はほんの僅かだったらしい。

でも、後にノーベル賞を取る作家の川端康成が来てたんだから、恐れ入るよな。尤も川端康成は、北条民雄の文学の先生として来ていたんだけど。

 

 話は前に戻るけど、民雄が病院で検査を受けて、らい病であることが分かると、病院から警察に連絡が行く。

らい病は弱い伝染病だから、大人にはうつらないが、抵抗力の弱い生まれたての赤ん坊にはうつってしまう。だから政府の方針は、らい病患者を一般社会から隔離して、施設に入れてしまおうというのだった。

それは、らい病患者は醜い汚れた者として、今で言うなればイジメの対象になっていたので、保護し救済するという面もある。

そんなわけで、間もなく民雄は、らい病院に入院することになった。

 

  所が民雄はそのらい病院の中で、どんな物を見たのだろうか。彼の文によると

「らい病院の中で見た物、感じた物は、言語に絶していて、とうてい表現出来るものではない。ありとあらゆる想像力を使って、醜悪なもの、不快なもの、恐るべき物を思い描いても、一歩この中に足を踏み入れたら、忽ち、如何に自分の想像力が貧弱か、思い知らされるだろう」

その、腐り果てた、膿まみれの醜悪な肉塊が自分の未来の姿だと思うと、彼の神経はささらのようになって、幽鬼のようにふらふらと死に場所を探しに行く。

病院の広い庭はさながら武蔵野の自然の一部のようで、丘あり林ありで、その中に首吊りにいいような、枝振りの木を見つけた。

この枝でいいかな。ぶら下がっても折れないかな。と、色々試して、どんな塩梅かと帯をほどいて枝に掛け、首に縛ってみた。

と、その時、ガタンと、履いていた高下駄が外れてしまった。ウワッ! 本当に首を吊ってしまった。

 

 以前にも移動教室の時にあったんだよ。

おっちょこちょいの奴が、寮の鴨居に紐を付けて「さーお立ち会い、これから首っ吊りの実演おば致しまする。うまくいきましたら御喝采を!」とか何とか言っちゃって、ふざけて首っ吊りのマネやった。

苦しくなったら紐を引くと、外れるように仕掛けをしてあったんだ。

所が、どこかで絡まってしまったかして、紐を引いても外れないんだ。本当に首を吊っちゃったんだ。(笑声)

見物していた者達が慌てて助けてやって、首の紐を外してやったが、喉に絡まってたから、しばらくの間、痛くてゼイゼイやってたよ。(笑声)

北条民雄もこれと同じで、慌てて手で紐を引いたかどうかして脱出したらしい。

でも、その一部始終を見ていた者がいて「あんたみたいな都会派のインテリぶってる青年には、自殺なんて出来ませんよ。自殺にはそれ相応の勇気と努力が要りますからね」と言われた。

そこで民雄は考えを改め、真面目に人生と対決しようと、文学一直線に努力し、文壇の鬼才の川端康成に認められ、僅か23才で結核により亡くなったが、彼の作品は死後何十年も経つ今日でも、その光を失わないのだ。

 

 所で、首っ吊りだが、これには @適当な高さの太い木の枝 A台 B丈夫な紐の3つを必要とする。

台なんて言うと何で必要なんかと思うだろうが、これがないと出来ない。

つまり、台を置いてその上に乗って、木の枝から下げた紐に首を縛る。

それからどうするね? そうだね。台を力一杯に蹴飛ばすんだ。(笑声)

そうすりゃ宙ぶらりんになって、首っ吊りに成功する。(笑声)

もし、枝がしなって、足が地面に着いたり、いささか体重がありすぎて、枝が折れたりしちゃ失敗(笑声)

こういうのは、運動して体重減らしてから再挑戦だな。(笑声)

 

<脱線千一夜 第78話>


前へ戻る
メニュー
次へ進む