ハンセン病

 

 この間、北条民雄の話をしたら、らい病の事もっとよく教えてくれってうるさい奴が多いんで、今日は少し、らい病の話をしよう。

国語の勉強だが、「因果応報」って四文字熟語を知ってるか? そうだな。いいことすると後でいいことがあるし、悪いことすると、後で悪い報いがあるって事だ。

浦島太郎の話知ってるな。浦島は、子供達が亀をいじめてるので、お金でその亀を買って、海に帰してやる。そうしたら、動物愛護団体から表彰されるなんて生やさしいものじゃない。(笑声)  竜宮城から招待された。

らい病はこの反対で、前世で悪い事やったから、この世で、神仏の罰が当たり、生きたままで体が腐っていく業病に取り憑かれたというのだ。全くこんなに滅茶苦茶なイジメはない。

らい病になっただけでひどい不幸なのに、前世で悪いことやったから、神仏の罰が当たったなんて言われる。泣きっ面に蜂ってもんだな。

こんな訳で、らい病は、天、つまり神仏の祟りだというので「天刑病」とも言われた。又、らい病の家族にはらい病の患者が出ることが多いので、遺伝病と思われ、本人だけでなく家族ぐるみでイジメの対象になった。

所で、この、らい病の患者の数はどの位だったのだろうね。明治30年頃の調査がある。日本人の人口のどの位だと思うかね。大体の所で考えて貰おう。

1.十万人に一人位

2.一万人に一人位

3.千人に一人位 

4.百人に一人位

5.十人に一人位

この中のどの辺位と思うかね。多分、十万人か一万人に一人位と思う者が多いだろう。正解は驚く無かれ「日本人の十人に一人位」

これには先生もびっくりした。先生も君達と同じ位にしか、考えていなかったからね。正式の調査の結果は6.43%、これ以外に調査に引っかからなかった者が、同数位いただろうとある。何と、日本人の十人に一人位が、らい病患者だったとは凄まじい。

この病気のもとは、遺伝じゃなくってハンセンという医者が発見したらい菌だ。だから今は、らい病とは言わないでハンセン病と言う。

このらい菌という奴、結核菌に似てるらしいが、違うところは、分裂のスピードと伝染力だ。分裂のスピードは物凄く遅い。取り憑いてもなかなか増えない。

伝染力はとても弱い。大人には伝染しない。免疫力の弱い、生まれたばかりの赤ちゃんにしか、うつらない。

でも、分裂のスピードがとても遅いから、潜伏期間が長い。何年も、何十年も経ってから、発病する。

だから、昔に遺伝と考えられてたのは、生まれたばっかりの赤ちゃんが、らい菌を持っている者が身近で生活していて、それでうつってしまったかららしい。

北条民雄の場合でも、生まれたばかりで、母親が死んでしまう。それで、家族と離れて乳母に預けられたときに、うつされてしまったらしい。だから彼の家系にはらい病患者はいないわけだ。

なお、らい病患者の家系は、らい病に弱い遺伝子を持ってると言われてる。そのことも、らい病は遺伝すると言われた、大きな原因だったろうな。

 

 このようにして、らい菌は少しずつ少しずつ体を侵していく。

狙うところは神経、熱いところはらい菌は苦手で、少しでも温度の低いところだ。つまり、心臓から遠く、空気にむき出しになってる、足の皮膚あたりから始まる。

針で突っついても感じない。そのうちに、眉毛が抜けてしまう。やがて体のあちこちの感覚がなくなる。タバコを吸っていても、だんだんと短くなって、指に火傷をしていても気がつかない。

ひどいのは、畑仕事をやっていて、五寸釘を踏み抜いてしまった。つまり、長い釘を踏んで、足の裏から表まで突き抜いてしまったというわけだ。でも本人は気付かない。

回りの者が気がついて、ペンチで引っこ抜いた。その釘と足の傷を見せたら、本人はおったまげて「ギャーツ!」と言って気絶しちゃった。(笑声) これは本当のことらしいよ。

 

 とにかく、まず心臓から遠い、温度の低いところ、足の皮膚なんかから始まって、だんだんと体全体に拡がる。目もやられ眼球は抜け落ちて、只の穴ぼこになる。でも、温度が高い心臓や脳はやられない。

つまり、体、心臓、脳の三つのうち、体は腐っていくが、心臓と脳は平気というのがらい病、脳はスポンジのようにスカスカになってしまうが、体と心臓は丈夫で、徘徊とか言って、夢中で歩き回って、自分の家にどうやって帰るか分からなくなってしまうのは、ボケ、つまりアルツハイマー症と言われる。

宿題と言うと必ず忘れるのも、この病気の一種で、若ボケ、つまり若年性アルツハイマー症と言われるが、これにかかってる者は早く治療しろよ。(笑声)

 

 アルツハイマー症の場合は、本人は何とも思っていなくて、家族が災難だが、らい病の場合は、意識ははっきりしてるんだから、本人にも家族にも災難だな。

北条民雄の出会った一番ひどい患者は、眼球は二つとも腐って無くなって穴になってる、毛はなくて細かいひび割れになってる頭、耳らしい肉片が二つ、腐ってきたので切り取ってしまったので、足も手も半分までしかない。

つまり、生ける骸骨だが、とても気丈で、トイレに行くには付き添い(らい病院では軽症者が交代で重症者の看護をしてるのだ)の手を煩わすのから、湯や水はあまり飲まない。

タバコを吸わせたり、便を取ったりしてやると、必ず「ありがとさん」と礼を言い、俳句には詳しくて、他の患者の詠んだ俳句を読んで聞かせると、驚くほど正しい批評をしてくれる。

 

 このように恐ろしいらい病だが、日米戦の頃、特効薬が発明された。丁度、結核退治のペニシリンと前後して実用化の時代に入った。

らい病退治の方はプロミンと言うんだがな。いくら特効薬と言っても、体の中のらい菌を全滅させるわけだ。つまり、それ以上悪くはならないと言うところだ。切ってしまった手がのこのこ生えてくるんじゃないよ。(笑声)

これで、新しい患者の発生は極端に減ってしまい、今は、ハンセン病とか、らい病とか言っても何のことか分からなくなってしまう時代になったのは、まことに喜ばしいことである。

かつて十人に一人は、らい病患者がいた日本だ。明治時代にイギリス大使館の前でらい病患者の乞食が行き倒れになって死んでいて、日本の公衆衛生はどうなってるのだと、文句言われ、国家権力を使って、らい病患者を病院に収容した。

場所によっては、ナチスの強制収容所並みだったと言われている。一度入ったら死ぬまで出られない。でも、らい病患者は、薬で治っても、体が不自由で、一般社会に適応するにはなかなか大変だったろうからな。

 

 所で、イロハカルタに「かったいのかさうらみ」ってのがある。これ、何の意味か分かるか。

「かったい」ってなんじゃいね。また「かさ」ってのは何かね。え? 「かさ」は傘に決まってる。じゃ、「かったい」は何になる? え? 「きのこ」じゃないかなって。成る程な。

同じカッコしていても、あいつはいろんなガラがあって、人間に大事にして貰える。俺達は人間に食われちゃう。(笑声)

本当のところは「かったい」とはらい病のことで「かさ」とは梅毒のこと。「らい病患者が梅毒患者をうらやむ」となって、同じように体が腐る病気だが、梅毒は大した事が無くてすむのに、らい病は体がメチャメチャになっちゃう。

俺はそのらい病だ。どうせなるなら梅毒がいい。ああ、どうして俺は梅毒じゃなくって、らい病なんだろう。ああ、梅毒になりてえなあ。(笑声)

みんな笑ってるけど、当人達には命を賭けた話だ。だからこんな「ことわざ」はカルタなんかに入れちゃいけないと思うよ。人権問題だ。この反対ならいいだろう。

この反対のは知ってるか? カルタにはないけどな。誰も知らないか。教えてやるから、そのようにならないようにしろ。病気とは関係ない。

「目くそ 鼻くそを 笑う」ってんだ。(笑声)

あいつ、通信簿、全部1じゃねえか。俺は全部1じゃねえぞ。2が1つあるぞ。(笑声) あのおたんこなす、ばっかじゃなかろか、はべれけれ。・・・なんてーんだ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第81話> 


前へ戻る
メニュー
次へ進む