エコー衛星

 

 夏休みに林間学校に行った連中、この組には大勢いるが、雨にたたられなくってよかったな。

こっちじゃひどい雨で、これじゃ山に行っても宿に閉じ込められっぱなしだし、無理して登りゃ滑って転んで怪我する奴が続出するぞなんて言ってたが、杞憂だったな。

まあ、曇りってのが運動会や山登りの時は、一番いいんだ。遠くまでの眺望はきかなかったらしいが、まあ、みんななんかは、そんな事、あまり興味ないだろう。

地図と方位磁針と双眼鏡を持っていって、あの山はナントカ岳でナントカメートル、その右の山は、なんてやるほどのマニアはいそうもないな。

それよりも、カンカン照りの時の方が降参だ。汗だらだら流して、のどが渇く。以前に磐梯山に登った時の下りは、スキー場の中に道があるんだが、そこがカサカサの土、みんなへとへとになって、足をずっこきながら歩く。

先頭のヤツラはいいんだ。だけど、後に続いてる者は、前に行くヤツラが巻き上げたモウモウたる土煙の中を、行かなきゃならない。

大きい声で「ほこりが立つから、ちゃんと足を上げて歩け!」って怒鳴ったんだが、一日中歩いて疲れてるんだから、言うことを聞けばこそだ。何しろ、普段だって、言うこと聞かねえんだもんな。(笑声)

その時に先生は丁度、風呂に入れる係だったんで、宿に着いてから班ごとにどんどん風呂に入れて、さあ自分が入ろうとしたら、夕食まで後5分。(笑声) いくらなんでも、埃だらけの汗だらけで夕食を食うのはいやだから、その5分使って急いで風呂に入った。

勿論のこと、頭もよく洗ったし風呂桶にも入ったが、この時が先生の入浴時間の最短記録だ。ギネス級と言ってもいいな。(笑声)

 

 林間学校の夜の行事は、キャンプファイヤー、フォークダンス、花火、幽霊話、きもだめし等あるが、理科の先生など天文に詳しい先生がいる時には、星座の講話などがある。

大分前だが、山じゃなくって、臨海学校の時に、理科の先生が星座の話をしていた時の事だ。丁度、人工衛星が飛んで行くのが見えた。

嘘じゃないぞ。本当だぞ。(笑声) 又、大ボラが始まった、なんて顔してる奴がいるが、先生を信用するのが学習の第一歩だ。(笑声) 先生はみんなの何倍も生きてるから、色んなこと知ってる。アメリカの爆撃機に日本の戦闘機が体当たりした壮絶なのも、実際に見た。本当に見たんだぞ。テレビじゃないぞ。(笑声)

実は、その林間学校の時よりも前、山好きな卒業生達と奥秩父の山の中で人工衛星を見た。夜っぴて登ってるうちに、懐中電気の電池がパーになっちゃって、そうだ、朝の4時頃かな、夜明け迄まだ1時間もあるから、山道で携帯燃料を燃やして焚き火がわりに当たりながら雑談をしていた。

この晩は、宵のうちにはパラパラっと小雨が降って、この分じゃやられるかななんて思ったけど、幸いに雲はどこかにすっ飛んで行ってしまって、星の降るような空だった。

そのうちに、ある卒業生が「先生っ! 人工衛星だっ!」って大声を出したので、みんなで、どこだどこだと空を見たら、小さい星が音もなく動いていく。音がすりゃ飛行機かヘリコプターなんだが、全然音はしない。間もなく稜線の彼方に消えていったけどな。

 

 この人工衛星はエコー衛星と言って、馬鹿でかいんだ。何しろ、直径が41メートルと言った代物だ。

中身は?って言うと、何にもない、しいて言えば空気。(笑声) つまり、日米戦中に日本がアメリカに向かって飛ばした風船爆弾の親分みたいなもんだ。

違う所はって言うと、周りがアルミニューム製なんだ。と言うことは、この金属で覆われた大風船に、電波をぶつけて反射させ、あちこちで受信して色々な実験をしたというわけだ。つまり、衛星放送の元祖だな。

そのほか、太陽風の観測や色々な科学の実験に使われたそうだ。これは高さ千キロメートル以上の高い所を飛ぶので、朝と晩、地上は夜でも高い所に太陽の光が届いてる時は、地上から肉眼で見られる。

これは1969年に落ちてしまって、それからは、人工衛星は、中にコンピューターが積まれ、小さくても性能のいい物が出来たので、地上から観測する機会が減って来てしまった。おまけに自動車が増えたり、工場から悪いガス出したりして、星の観察なんか、都会の子供になんかは出来なくなってしまったな。

 

 でも、とにかく雨に祟られず、そうかと言ってカンカン照りでもなく、誰も怪我しないで、幸いに生き永らえて帰って来られて結構なことだ。(笑声) これに勝る親孝行はないってわけか。(笑声)

 

<脱線千一夜 第89話>


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