奴め、送籍しやがって

 

 二葉亭四迷や千田是也の名前の由来については前に話したな。所で、又、面白い話を読んだので紹介しよう。千円札の図柄でよく知っている文豪の夏目漱石だ。

「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」「草枕」等、多くの、  何だよ。知ってる? 何知ってんだ。漱石って言葉が「石にて漱(くちそそ)ぐ」って事か。

じゃ「石にて漱(くちそそ)ぐ」って何だよ。何? 石でウガイをすることだって。へー、お前、その辺におっこってる石ころを幾つかくわえて、ウガイなんかできんのかよ。(笑声)

何だか有名な詩の中に書いてあるらしいって。なんて詩だよ? そこまでは知らないか。

 

 この有名な詩というのは、三国志の梟雄の曹操が書いた「秋胡行」と言うんだ。この事を知る迄、先生は曹操って言うと権力欲の権化のような悪い奴だと思ってたけど、とても良い詩なので見直したよ。その詩は

  晨(あした)に上がる 散開の山

  この道の けわしきことよ・・・・・

で始まり、途中にこんな所がある

  石に枕し 流れに漱(くちそそ)ぎ・・・・

と言うのだが、彼が夢の中で山中を放浪しているときに、仙人に出会ったというのだけれど、どこにも「石にて漱(くちそそ)ぐ」なんてバカなことは書いてない。

 

 所が、この後、暫くたってから、例によってみんなによく似たおかしな奴が登場する。(笑声)

孫と言う奴と王と言う奴だ。

まず、孫がこの詩の話を王にしてる時に、言い間違えて石と流れを反対にしてしまった。つまり「流れに枕し 石にて漱(くちそそ)ぐ」と言ってしまった。

そこで王は大笑い。お前、流れに枕するって言うのは、川の中に頭を突っ込んで寝るってのか。(笑声) 石にて漱(くちそそ)ぐってのは、砂でウガイをするのか。バッカジャナカロカ、ハベレケレ。(笑声)

でもこの時の孫たるや、何言われてもへこまない奴で、びくともしない。

何言いやがるんだ。流れに枕しってのは、お前みたいな奴が、下らない事言いやがって、耳に汚れがつくから、それを洗い落としてんだ。(笑声)

石にて漱(くちそそ)ぐってんのは、小石を口の中に入れて、歯を磨いてんだ。こんな事も知らねえのか。テメーこそ、バッカジャナカロカ、ハベレケレーてんだ。(笑声)

てな事から、この「流れに枕し、石にて漱(くちそそ)ぐ」と言うのは、どうしようもない強情っ張りの意味として、使われるようになったらしい。

明治の文学青年の夏目金之助は、自分自身が強情っ張りのヘソ曲がりだから、これが一番似合うってわけでペンネームにしたと言われていて、先生もそう信じていた。だけれども、この間、全然違う話を読んだ。夏目漱石という名には、今のとは全然違う意味があるらしいんだ。

 

 かつての日本は国民皆兵、いわゆる徴兵制で、満20歳で徴兵検査があり、健康な男子は必ず兵隊にならなけりゃならない。

所が、彼、夏目金之助は大学に行って、それからヨーロッパに留学したりして、ずーっと7年間も延ばしていた。でも、どうしても今年は逃げられない。軍隊なんか大っ嫌いだが、行かなきゃならない。とうとう年貢の納め時だ。もう駄目だ。どうしても軍隊に行かなきゃならない。

俺みたいに日本で最高のインテリが新兵になって、犬や猿みたいな野蛮な古参兵に、ぶん殴られに行かなきゃならないんだ。それも、ずっと年下のヤツラなんだ。ってな訳で何とか徴兵逃れが出来ないだろうかと調べた結果、この当時、沖縄と北海道にはこの徴兵制がないのに気がついた。

しめた、北海道に引っ越っしゃえばいい。(笑声) それも、実際に引っ越しすることはない。現住所はそのままで良い。本籍地だけ北海道に持っていけばいい。何とも旨い方法だよな。

かつて、徴兵逃れって言うと、わざと足を大怪我して歩けなくなったり、醤油(しょうゆ)を沢山飲んで、心臓の鼓動をうんと速くしたり・・・中には飲み過ぎて死んじゃった奴もいたそうだ。(笑声)・・・こんな事やらないで、徴兵逃れやったという話だ。

役所じゃは後になってこのことを知って、あん畜生め、悪い奴だ、本籍地を北海道に送って、軍隊から逃げやがったと、腹を立てたろうが、明治の頃はこれで通ってたんだから、のんきな物だったんだな。

 

 でも、この後、2年ばかりたって日清戦争が始まり、彼も、場合によっちゃあ戦死していたかも知れないんだから、やっぱり頭がいい、よく先を読んでる。

こんな訳で、役所の人が腹立てていった言葉から 

  あの野郎め 本籍を北海道に送って徴兵逃れしやがった 

   あの奴め 籍を送って徴兵逃れやがった 

     奴め 送籍しやがった 

    ヤツメ ソウセキ   と言ったわけで

     夏目 漱石     にしたと言うが、ほんとかな。(笑声)

 

<脱線千一夜 第90話>


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