ハンセン病訴訟
先生が小学生のなんだが、日米戦中で物がすごく不足、服や靴など、学校から配給がある。
ある時に運動靴が当たったので、券を貰い、靴屋に行って買って来た。箱を開けてみたら、両方右足用。(笑声)
店に取り替えに行ったら、今はないので後で連絡しますと言われ、その後、何の連絡もない。暫くしてから行ったら、どうにも余裕がない。番傘が余ってますからこれと交換してくださいと言われ、運動靴が番傘に化けた。
番傘ってのは、時代劇の時に、下っ端の者が差す油紙の傘で、こないだ、どっかの民芸資料館の端っこに、ほこりだらけになって置いてあったよ。(笑声)
所で、ある時に佃煮の券が来た。どんな順番で、どんな抽選で当たったのかは忘れたけど。
券には店の地図なんか印刷してある。そうしたら、クラスの者の中から、その店はライ病の人のいる店だぞなんて噂が出た。(笑声)
でも、ライ病の人のいる店だろううと、そんな事、気になんかしちゃいない。東京大空襲や広島長崎の原爆の2年前のことだ。
放課後になって、買いに行った。お金と券と鍋を持って。(笑声)
みんな笑うけど、この頃は、入れ物は自分で持っていくんだ。今はビニールの袋があるから便利だよなあ。
店の前に行くと生徒が大勢いる。まだ煮えないから、煮えるまで待ってるんだ。
丁度同じ組の者何人かに会って、早く煮えねえかなあなんてお喋りして待っている時に、ある奴が「ライ病の人が煮てるんだ」なんて言って大笑いした。(笑声)
今になって考えてみると、そのように、弱者を見下げるような事をしてはいけないんだ。滅多にヘマをしない先生だけれど、あの時はつい調子に乗って笑ってしまった。心から悔やんでいる。(笑声)
煮終わってから、買って帰り、その晩に食べたかどうか忘れたが、翌日、学校から帰って来たら、親に「お前、あの佃煮の店ってのはライ病の人が居るって言うんじゃないか」と言われた。
「何だか分からないけど、そんな事言ってた奴もいたよ」と言ったら「そんな店の物、買ってくるんじゃない。全部捨てちゃった」(笑声)
ひとがせっかく煮えるまで待って買って来たのになあ。こういったのを「子の心、親知らず」って言うんだ。(笑声)
でもまあ、このことから幾つかの事が分かるだろう。
つまり、子供は別として大人の社会のライ病、つまりハンセン病患者の居る家に対する差別の感情。
たしかにハンセン病は乳幼児に対して伝染する恐ろしい病気だから仕方ない面もある。
遺伝はしないと言った事は知識では知っていたにせよ、さあ、家族の結婚問題なんかの時には、そのお嬢さんがどんなに美しい才媛であっても、二の足を踏む男が多いんじゃないかな。
所が今回の裁判で、法律によって、ハンセン病患者はナチスの強制収容所のような所に一生隔離され、それも、ピストルとサーベルによってだと言われる。
全く人権を奪われた存在だったと言うが、何かおかしい。
その佃煮屋の患者も自宅にいたし、例の北条民雄も、ハンセン病患者であったにもかかわらず、しばしば病院から出て、東京で川端康成やその他の友達と会ったりしてたんだ。
ハンセン病治癒の強力な新薬のプロミンが輸入されたのは、日本がアメリカに負けてからで、戦前は結核と同様に危険千万な病気だったのにな。
プロミンによって、治って社会復帰した軽い患者が、又、ハンセン病を再発して入院し、数年して完全に治癒して、それからは再発せず、健康に生活しているという話を読んだこともある。
今回、新聞なんかに出てたように、ハンセン患者は政府の怠慢で、病気は治ってるのに依然として収容所に押し込まれ、犬畜生の様に扱われた。だから、うんと金よこせなんてあると、一体なんだろうなと思う。
確かに、すでにハンセン病の病菌は退治され、他人に移す危険はないにせよ、神経を侵され、足、手、だけでなく顔面も醜く変形している重病だった元患者が、社会復帰できるだろうか。肉親達に暖かく迎えられるだろうかと言えば、残念ながら答えはNO!。
だから一部の元重病患者の中には、このまま、自分はこの施設の中で老後を送りたい、という意見もあったそうだ。
然しながら、日本もだんだんとアメリカ的になりつつある。何か事件があればそれをネタにしてうんと稼ごうという、ずるがしこい奴が居る。そうだな、弁護士だ。
アメリカじゃ、職業のワースト3に入っているらしいな。
これからは、先生の想像なんだが、弁護士が正義感に燃えて、手弁当で活躍してくれたならとにかく、彼等が鵜の目鷹の目で金儲けを探してるうちに、この問題を見つけ、一部の元患者に、政府はみなさんをこんな酷い目に合わせてけしからんじゃないですか、うんとこさ金をふんだくって山分けしましょうよ。(笑声)
どうせ税金なんだ。放っときゃ、全然自動車が通らない高速道みたいな、役立たずの公共事業に使われちゃうんだ。うんと勉強して司法試験を突破した天才の私達も儲かりますからね、ナンチャッテナ。(笑声)
<脱線千一夜 第93話>
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