「ヘンテコ」と「ヘンテツ」
もうずいぶん
前に亡くなった先生のお祖父さんは、明治の始めの生まれで、ずっと農業やってて頑健そのもの、94歳まで長生きしてたという人だ。
一生、池袋郊外に住んでたんで、言葉はいわゆる江戸方言だったな。
「広島の紐で縛った火鉢(ヒロシマノヒモデシバッタヒバチ)」なんてのは「シロシマノシボデシバッタシバチ」と言うくちだ。(笑声)
このお祖父さんが、ありゃどうも変だな、おかしいな、と言う時に「アリャナントモキテーナモンダナ」なんて言ってたけれど、さてこの「キテー」とはなんだろうね。「奇妙キテレツ」と言う意味なんだがな。(笑声)
それが、なんで「キテー」に成るのかな。
おや、手が上がったな。何だよ。うん、「奇態(キタイ)」が変わったのだろうって? うん、先生は国語学者じゃないから、詳しくは分からないけど、多分そんなとこだろうと思う。
「ヒドイ」が「ヒデー」になったように「キタイ」が「キテー」になったんだろう。
「キタイ」は [kitai] だが、フランス語なんかじゃ [ai] をエって発音するんだから、江戸方言はフランス語系なんだろう。
でも「ひどい」つまり [hidoi] の [oi] は、フランス語系の発音じゃオアって言うんだから、それからすると「ひどい」は「ひどあ」に成るはずだ。だからやはり江戸方言は、日本語の一種だ。(笑声)
所で、奇妙キテレツな「奇態」は「ヘンテコ」とか「ヘンテツ」なんて言うな。
え? 「ヘンテコリン」てのもあるって。(笑声) そりゃ「ヘンテコ」の変形の一種だろう。
この「ヘンテコ」と「ヘンテツ」の違いは分かるかな。
「ヘンテコ」と「ヘンテツ」はどちらかが先で、それが変形したってもんじゃない。別の物だ。
「ヘン」と言うのは「変」でいささか変わってると言うことは同じ。後の「テコ」と「テツ」が違う。
そもそも「テコ」とはなんだ。
そうだな。棒を使って小さい力を大きい力に変える道具で、「コロ」つまり車と同じで、人間が大昔に発明した道具だ。
梃子(テコ)はこの場合、道具を指す。つまり「ヘンテコ」と言うのは「変な機械」と言うわけだ。
だから人間に対して「あいつ、ヘンテコな奴だ」なんて言ったら、彼を機械、つまりロボットとしてしか見てないわけだ。(笑声)
次に「ヘンテツ」と言うのは「ヘン」は「変」、「テツ」は「哲学者」のことだ。
「科学者」とか「文学者」とか「宗教学者」なんてのは、聞いただけでどんな人か分かるだろうが、さて「哲学者」ってのは、どんな勉強をやってるんだろうね。
「存在」とは何か? 「現実は二つの全く別々の実体、思惟と延長で出来ている」なんて、何言ってんのかね。(笑声)
つまり哲学者ってのは、それ自身で変に見えるんだ。
そこに更に変を付けて、「ヘンテツ」てのは、変な哲学者って言う事だから相当なもんだナ。(笑声)
<脱線千一夜 第116話>
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