上官の命令は朕(チン)の命令と心得よ

 

 英語じゃ「I」だけだけれども、日本語じゃ自分の事言う言葉にはいろいろある。僕、俺、私、おいら、うち、わて、それがし、やつがれ、おいどん。(笑声)

所で、朕(チン)と言うのも知ってるな。

朕(チン)と言うのは、秦の始皇帝が自分のことを言うのに使った言葉だ。千年以上の昔のことだな。

でも、これから後、日本でもこれを使うようになった。誰が使うかって言うと天皇陛下だけだ。

他の者は使っちゃいけない。天皇陛下の独自の言葉だ。

「お前、先に体育館に行って準備してろよ。朕(チン)は便所掃除が終わったらすぐ行くからな」(笑声) なんてふうに一般には使わない。天皇陛下でも普段には使わないんじゃないかな。

これを使うのは、つまり公用文書でだな。

日本を未開発国から一挙文明国にのし上げた物の一つに教育勅語があると言う説があるが、その教育勅語も「朕(チン)惟(オモ)フニ我ガ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ・・・」と言う風に使っている。

 

 その公用文書の一つだが、軍人勅諭のなかに「上官ノ命令ハ朕(チン)ノ命令ト心得ヨ」なんて乱暴なのがある。

つまり階級が一つでも違えば上官の方が偉い。その上官の命令には、絶対に服従しなきゃいけない。

この捕虜の首を斬れって命令されたら、絶対にやらなきゃいけない。

上官がいささか「キ印」で「この赤ん坊を放り上げて、落ちてくる所を銃剣で刺し殺せ」なんて命令したら、その通りにやらなきゃいけない。やらないと、命令不服従で軍法会議にかけられ、牢屋に入れられた上に、階級を落とされる。

と言った塩梅で、昔の軍隊じゃ一つでも階級が上の者は、神様みたいだと言われた。

そうだろう。上官の命令は天皇陛下の命令で、天皇陛下は神様なんだから、簡単な三段論法だ。(笑声)

 

 このために日本の軍隊は、上官が部下を奴隷のようにこき使ったと言われてるが、そもそもこのルーツは、明治の始めの西南戦争にあるらしい。

西郷隆盛を担ぎ上げた反乱軍の旧士族に対して、政府軍は軍資金と人数はふんだんにあっても、隊員の出身はごちゃごちゃ、かつての士農工商の商人だった者が上官で、士族の者が部下だったりする。

そうなると、何だこんな奴の言う事なんか聞けるかと、勝手なことを始めて功名を焦り、軍紀がメチャメチャになってしまう。

こりゃあ困ったという訳で、政府の上の方の者が相談した結果、神様である天皇の名を使って、上官の命令には、絶対に服従しろと言う命令を出した。

勿論、明治天皇は言われたとおりにハンコを押しただけだ。

いや、神様はそんな世俗的なこたやらない。ハンコを押したのも、別の人かも知れないナ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第122話>


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