オーサキ

 

 穢多(えた)と言われた人達の話をしたが、先生が初めてその話をを聞いたのは、高校生の時で、海軍兵学校の先生だった人が転職して来て、その先生から聞いた。

海軍の中枢になる秀才を養成するのは、海軍兵学校や海軍大学だが、この海軍兵学校は瀬戸内海の江田島にあった。知ってた者いたな。

この江田島は本当は彼等が大勢住んでいたので、穢多島と言われたのが、名前の起こりだそうだ。

 

 所で、東京の近郊でも、これに似た差別があったなんて事を、以前に本で読んだことがある。

それは埼玉県の秩父の方らしいが、オーサキ憑きと言う家系があるそうだ。

オーサキなんて言うと山手線に大崎(おおさき)って駅があるが、あれとは全然関係ない。

このオーサキとは目に見えない野獣で、大きさは小犬位、つまりイタチのようなもので、何十匹もその家に巣を食っている。

2種類あって金持ちオーサキと貧乏オーサキってんだ。(笑声)

金持ちオーサキの方はとてもその家に忠義を尽くして、何とかその家を金持ちにしようと一生懸命に働いてくれる。

目に見えないから、よその家に入り込んで、お金を銜(くわ)えだして、主人の財布に入れる。

その頃は水洗便所じゃなくって汲み取り便所だから、よその家の便所に入って、糞壷に尻尾を浸し糞を持って来て、主人の畑で振り巻く。(笑声)

つまり有機農業の肥料にしようってわけで、糞泥棒するんだ。(笑声)

 

 だから、金持ちオーサキが居る家はどんどん金持ちになる。

そうかと言って、働かないで、のらくらしてると、こんなに俺達が働いてやってんのに、こいつバッカジャナカロカて呆れられて、金持ちオーサキが貧乏オーサキに変身してしまう。仮面ライダーみたいにな。(笑声)

この貧乏オーサキたるや、金持ちオーサキの反対で、いっくら稼いでも全然お金が貯まらない。そりゃそうだ、貧乏オーサキが銜えだして金持ちオーサキに渡しちゃってんだからな。

下肥(しもごえ)作ろうと思って、糞壷見たらすっからかん。(笑声) 尻尾で掬って、みんな金持ちオーサキの家の畑で撒いちゃってる。

だからどんどん貧乏になっちゃって、田んぼも畑もみんな人手に渡ってしまう。

仕方なくて、仕事を探しに行くと、そんな貧乏オーサキが付いてる奴は御免被る、うちにそんなのが移ったら大変だ、と追い出される。

仕方ないから首でも吊ってやるかってえと、困った事には縄すらない。(笑声)

 

 所が、捨てる神あれば拾う神もあるってことだ。

金持ちオーサキは沢山の田んぼや畑を持っているが、働き手がいない。あんなオーサキ憑きの家で、誰が働いてなんかやるもんかという訳だ。

そんな訳で、金持ちオーサキの家では、貧乏オーサキしか雇えない。貧乏オーサキは金持ちオーサキの家でしか雇って貰えないとなると、ここに強い結びつきが出来て、一つの経済圏に成ったと言うことだ。

 

 勿論、そんなオーサキなんて物は、いるわけ無い。

この事が書いてあった本によると、金持ちオーサキは、容赦もなく貧乏人を絞り上げた金貸し、貧乏オーサキは、圧制に耐えかねて土地を捨てて逃亡した流浪の農民が、それぞれのルーツであろうとあった。

勿論これは昔の話で、今は忘れ去られてしまったようだが、喧嘩して「黙れ!このオーサキ野郎」なんて言葉は残ってるらしく、自分の家系がオーサキなのに、相手に対してそんな事言ったなんて話がある。

「黙りゃがれ!このクソガキ野郎」なんて、ガキ同志の喧嘩で言うのと同じだナ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第127話>


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