白丁

 

 大分以前の卒業生にK子という女の子がいた。

愉快な奴で人気があったが、この前に偶然に駅で会った時、好きな子が出来て結婚するんだって言ってた。

そのK子から突然に先生の家に電話が掛かってきたんだ。

「ネ、先生! 聞いて、聞いて!」

なんて頭に来たような声だったんで

「何だ、お前、もう分かれちゃったんかよ」(笑声)

よく聞いてみたら、別に分かれた訳じゃない。

彼に連れられて、遠路はるばると彼の実家に行って、彼のお母さんに挨拶した時のことらしい。

彼のお父さんは、彼が高校生の時に亡くなったそうで、きょうだいは弟と妹がいるらしいが、それは関係なし。とにかく彼のお母さんがしつこく聞くそうなんだ。

何を聞くかというと、穢多(エタ)非人(ヒニン)と言われた人達とか、朝鮮人とかに血が繋がってないかと言うことなんだな。

K子だって、お祖父さんお祖母さんの頃からは分かっていても、それ以前はどうなってか知らない。それなのに、そんな差別に繋がることをしつっこく聞いて、この人一体何だろって思ったらしい。

今迄住んでいた東京じゃ、別に誰も気にしてなかったが、彼の実家の地方じゃ、これが大問題らしいんだな。そんな変な生まれの女の子なんか連れて来たなんて事が分かると、近所で仲間はずれにされるわ、親戚から除け者にされるわと酷いらしい。

 

 先生が育った辺りじゃ、戦争中でも中国人や朝鮮人に対して差別はなかったが、それでも朝鮮人をバカにする言葉は知っていた。

「バカ、カバ、朝鮮人、お前の母さん出ベソ」(笑声)

え? 知ってたって。「パカにするな」ってのもあるって。つまらねえ事は詳しいな。(笑声)

ありゃ朝鮮人が虐められて、反抗してる時の口まねだ。

「チョセンチョセントテ、パカニスルナ。オナジコメクテ、トコチガウカ!」(笑声)

 

 だが、このような朝鮮人達がさらに差別している人達がある。朝鮮人の中の被差別階級の「白丁」と言われる人達だ。

この差別は、日本じゃ考えられないくらい酷いらしい。

日本から朝鮮に日本語学校の先生としていった人の話では「君達の家には系図がありますか」と聞いたら、ある生徒から猛烈に文句を言われたらしい。

何故かというと、一般の国民と違い「白丁」と言われる人は系図がない。

だから「系図がありますか」と言うことは「まさか白丁ではありませんね」と言うことで、白丁であるかないか念を押されたことになり、侮辱するのも甚だしいと言うことらしいんだ。

喧嘩するときの怒鳴りあいも「白丁野郎(ペッチョンノム)」なんて言うらしい。

このように酷い差別を受けていたので、日本が統治していた頃、日本の同和運動の「水平社」に刺激されて「衡平社」という差別撤廃運動をやった。

でも日米戦の後、南北に分けられたり、朝鮮戦争で国中がメチャメチャになったりしたので、元の木阿弥になってしまったらしい。

 

 これはそんなに昔の話じゃないが、日本人のAさんが、朝鮮人のBさんと知り合いになった。

ある時にBさんがAさんに向かって、家の隣のCさんはどんな人なんだろうと聞いたので、あの人は同和問題の運動家、つまり、かつては被差別部落の人だとAさんが言ったら、Bさんは目ぇ回すくらいオッたまげた。

じゃうちの国の白丁と同じか、そんな穢れた奴の隣で住むなんてとんでもねえなんて、早速にBさんはそこから引っ越っしゃったそうだ。(笑声)

 

 何? K子? 彼のお母さんがちょっと変わり者かと思って心配したらしいが、その地方じゃ、そんなもんらしいんだな。

もともと天真爛漫な子だったから、彼の家族と旨くやってるらしい。

え? 先生はその子が好きだったんだろうって?(笑声)そうだな。K子は明るく朗らかで、先生は、ああいう子は好きだな。(笑声)

 

 誤解しちゃいかん。先生は男だろうと女だろうと、性格がよくて明るい子が好きだ。少しは数学が出来なくてもナ。(笑声)

この組にも何人も居る。誰かって? ・・・・オシエナイヨ(笑声)

 

<脱線千一夜 第146話>  


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