バカバカしいんで覚えてる事

 

 先生が子供の時に読んだ本だけれど、殆ど忘れてしまった中に、幾つか覚えてる物がある。え? 猿蟹合戦、桃太郎、(笑声) そう言った有名な童話は別にしてさ。

一番感心したのは象の重さを量る方法を、ある子供が考えたと言うことだけれど、誰か知ってるかな。

え? そうだな。舟を使うんだな。何で知ってんの? 本で読んだような気がするのか。そうか。

やり方ってのは、舟に象を乗せて喫水線がどの辺に来るか印を付ける。そうしたら次に象じゃなく砂か砂利を舟に積んで、さっきの喫水線まで船を沈ませる。

最後にその砂か砂利の重さを計ればいいってわけで、象の重さを計る秤はないが、砂や砂利なら何回にも分けて計って合計を出せばいいって寸法だ。

 

 所で感心した反対に、あまりにもバカバカしいんで覚えてる物もある。(笑声)

前にも言ったけど理科の教科書に「疲れ」というのは体の中に消化されてない物があるからだと書いてあった。呆れかえった話だな。

そのうちに国会図書館かどっかで確認しようかと思うんだが、日米戦中の決戦教科書だから、マッカーサーの命令で全部処分されてるかも知れない。

 

 さっき猿蟹合戦などの話が出たが、童話の中にも酷い物があった。「そろりそろりと来たわいな。逃がすな逃がすな追っかけろ」なんて話があった。

頃は江戸時代、教育と言えば寺小屋での読み書き算盤(そろばん)。でも、この頃の日本の教育は世界のトップを行ってたんだ。

支配階級の武士達はある程度の教育があるのは当たり前だが、農工商のいわゆる町人達の文盲率、つまり文字を読めない人の割合が極めて低いのには、外国人がたまげたらしいな。

 

 さてここで寺小屋に通っているA君の事だ。明日ここを読ませるから予習をして置けと先生に言われて、A君は勉強を始めた。

読本(とくほん)、つまり国語の教科書はカタカナかひらがなか分からないが、A君は大きい声を上げて読本を読んだ。

「ソロリソロリトキタワイナ。ニガスナニガスナ。オッカケロ」(笑声)

そうだ。今誰か言ったな。当たりだ。丁度そこに泥棒がやって来たんだ。(笑声)

 

 挿し絵がふるってる。部屋の中では行灯(あんどん)の光で勉強してるA君。部屋の外じゃ手拭いでほっかむりして着物を尻っぱしょりしてる泥棒。つまりこれが昔の泥棒の制服だ。(笑声)

この泥棒がA君の声を聞いてオッたまげて尻餅を付いてる。そうして捕まらないように、急いで泥棒は逃げていったとサって毎度バカバカしいお笑いだ。(笑声)

みんなこの話聞いてどう思う。先生が読んだ話の中じゃこれが一番最低な話だ。あまりにもバカバカしいんで覚えてる。(笑声)

 

 でも考えてみると、もしA君が勉強しないで寝ちゃったらどうだろ。なけなしのお小遣いを泥棒に取られちゃうし、次の日に寺子屋で勉強しなかった罰で、鞭でひっぱたかれ板の間に座らせられるかも知れない。

こりゃつまり勉強しっかりやれといった勧善懲悪譚なのかも知れないが、それにしてもあまりにもバカバカしいってありゃしない。最低なのはよく覚えてる。(笑声)

テストにしてもそうだ。でも全然白紙で零点というのは面白みがない。(笑声) 素っ頓狂な事が書いてあると印象に残る。

 

 先生は昔小学校の先生をやっていたが、その時に社会か理科の答案に面白いのがあった。

曰く、「それには訳があるのです」それでお終い。肝心の訳の方は書いてない。(笑声)

おまけに金釘流で「それにははけがあるのです」とある。「わけ」じゃなくって「はけ」だ。この印象は強烈で忘れられないな。

数学で言うなら「この答えはすうぢ(すうじの誤り)です」みたいなもんだな。(笑声)

 

<脱線千一夜 第150話>


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