フルヤモリ

 

 こないだ日本一、いや、世界一バカバカしい童話として「ソロリソロリト、キタワイナ。ニガスナ、ニガスナ、オッカケロ」の話をしたな。(笑声)

そしたらさ、何だかそれに似てるが、虎の出てくる話があるらしいがどんな話かって聞きに来た奴がいたので、この前の話を前編、虎の出る話を後編としてバカバカしい童話を完結することにしよう。(笑声)

尤もこっちは前の程バカバカしくはないけどな。

 

 今は昔、山の中のあばら屋に二人の老夫婦が住んでいた。頃は梅雨時、しとしとと陰気な雨が降る夜の事、お爺さんとお婆さんが話をしていた。

お婆さん「お爺さん、今迄に色々と怖い物にあったけれど、この世の中で一番怖い物は何でしょうね」

お爺さん「そりゃお前、何と言っても虎だな。虎が一番怖い。あいつにあったら最後、食い殺されてしまう」

お婆さん「そうですね。虎も怖いけれど、私にゃもっと怖い物がありますよ」

お爺さん「何だって、虎よりも怖いだって? そりゃ一体何だい?」

お婆さん「私はフルヤモリが一番怖いですよ。虎は家を締め切ってしまえば入ってきませんが、フルヤモリはそうはいきませんからね」

お爺さん「そうだそうだ。フルヤモリが一番怖い。お前の言うとおりだ」

お婆さん「そうですね。そう言えばそろそろそのフルヤモリがやってくる頃ですよ」

と話をしてたのを外で聞いてたのは、一匹の虎。

 

 お爺さん達が飼っている馬を食ってしまおうとやって来て、たまたまこの話を聞いた。

始めの内は虎が一番怖いと言われ、ほれみたことか、やっぱ俺が一番強いんだといい気になってたら、話は変わってフルヤモリの方が虎より怖く、そろそろそのフルヤモリがやってくるって事を聞いてゾーーッとした。

ヤモリなんてちっぽけなトカゲだけれど、それが歳を食って古ヤモリになると、化け猫じゃないが化けヤモリになって、チラノザウルスみたいな大怪獣に変身しちゃうのかも知れない。(笑声)

そのチラノザウルスのような大怪獣がそろそろやってくる時分だというので、虎はおっかなびっくり逃げ出して行ったら、突然に何者かに首根っこをむんずと捕まえられ、馬乗りになって押さえられた。

おったまげた虎は「ギャーツ、タイヘンダー、フルヤモリニツカマッター」って訳で何とか振り落とそうとして、体をメチャメチャに捻らせながら、森の中を一目散に走り出した。

 

 所でそんなフルヤモリなんて言う大怪獣なんかいる訳無いな。お爺さんとお婆さんは虎が聞いてるのを知って、わざと驚かすような事言ったかと言うと、(笑声) そうでもないんだな。

フルヤモリってのは古家漏りで、古い家になると屋根が悪くなって、雨続きだと部屋の中に雨漏りがしてくる事をさす。こんな事が虎よりも怖いなんて一体何の事だろうか。

まあこれはお話なんで、理屈抜きに一応そう言ったことにしておくんだ。

そうしなきゃ「駅馬車」の時に言ったようにこの話はこれでお終いだ。(笑声)

 

 とにかく虎はすげえおっかねえ怪獣に捕まったと思って、無我夢中で走っていくんだが、勿論こりゃ怪獣じゃねえよな。そうだ。今誰か言ったように馬泥棒なんだ。(笑声)

その晩に泥棒が馬を盗もうとやって来た。虎にしろ泥棒にしろ馬が目当てなんだな。

そうして泥棒が馬小屋の所にやってきた時に、馬らしい動物がしょぼくれながらノソノソとやって来た。(笑声)

何だ。泥棒しようとしたら馬の方で捕まりに来たとは有り難い。(笑声)

そこでぐいと首をつかんでその上に飛び乗った迄は良かった。然し突然この馬がまるで虎のように凄い唸り声を上げて走り出した。当たり前だよな。虎なんだから。(笑声)

振り落とすように体を捻りながら、凄い早さで森の中をすっ飛んでいく。振り落とされたら大怪我をしてしまう。泥棒は必死になって虎の首にしがみついて泣き喚(わめ)いた。

所が虎の方はこの泥棒の泣き声が、まるで怪獣古ヤモリがゲラゲラ笑ってる声のように聞こえる。(笑声)

こりゃかなわない、何とか、この怪獣古ヤモリを落とさなけりゃ、食い殺されてしまう。必死で振り落とそうとしたが、泥棒の方も必死でしがみついている。

 

 所で森の中に大きい穴があった。ここで古ヤモリを落とさなけりゃ俺の命はお終いだと、虎は身をくねらせながら、その穴の上を飛び越した。

不意を食らった泥棒は、とうとうそこで穴の中に落とされてしまった。

ああよかった。何とか古ヤモリに喰われずに済んだと、虎はホッとしながら森の中に逃げ込もうとしたら、そこに猿が出て来た。

虎があんまりハアハアと息せき切ってるので、一体どうしたんですかと猿は聞いた。虎は実はかくかくしかじかで、危なく古ヤモリに喰い殺されてしまう所だったと話したら、猿は大笑い。

何を虎さん勘違いしてるんですか。ヤモリ怪獣古ヤモリなんてのがいるなんて、そんなバカな話があってたまるもんですか。そんな物を信じてるなんて虎さんは、キリスト教原理主義者ですか。(笑声)

 

 その穴の所に行ってヤモリ怪獣古ヤモリを見てみましょうと猿は言って、嫌がる虎を引っ張るようにして、例の穴の所にやってきた。

所が夜だから真っ暗で、中はよく見えない。何もいませんヨと猿は、虎が引き留めるのにも関わらず、自分の尻尾を穴の中に入れて掻き回した。

一方、穴の中の泥棒は枯れ葉か何かが沢山あってそこに落ちたので、幸いに怪我をしないで済んだが、上に這い上がる手掛かりがない。困っていてキョロキョロしてた所に、上から一本の縄が下がってきた。(笑声)

しめた。誰かが俺のことを見つけて助けに来てくれたんだと、その縄をつかんで「つかんだぞー、引っ張ってくれー」と怒鳴ったから、猿の方じゃキモを潰した。(笑声)

 

 虎が夢でも見てたんだろうと甘く考えてたのに、尻尾を捕まえられて穴に引き込まれそうになったんだもんな。

「助けてくれー! 虎さーん! 古ヤモリに捕まったー! 喰い殺されちゃうヨー!」(笑声)

所がビクビクモノの虎は、古ヤモリという言葉を聞くやいなや震え上がって、森の奥に一目散に逃げて行ってしまった。(笑声)

猿はそこにあった木に捕まり、必死になって引きずり込まれないようにする。泥棒は何とか這い上がろうと尻尾を引っ張る。とうとう猿の尻尾はプツンと切れてしまった。(笑声)

そればかりじゃなくって、猿は力を入れていた木に、いやという程顔をぶつけてしまった。

そこで猿の顔は真っ赤に腫れ上がり、尻尾は短くなってしまったと言うことで、メデタシメデタシ。(笑声) 何がメデタイか分からないな。(笑声)

 

 所でこの話は虎が出るから日本じゃなくて大陸系かと思うが、そうでもなさそうだ。

日本じゃ狼に悩まされ、親戚や知人に狼にやられた人が大勢いたらしいので、狼をコミカルに扱った話はない。

グリム童話の「赤ずきん」や「七匹の子山羊」なんかコミカルな口だな。

日本の昔話の中にも狼の出てくるのもあるが、狼の怖さを知ってるから、もっとシリアスに扱っている。

反対に虎の恐ろしさを知らない日本は、虎を平気でコミカルに扱っていて、虎と猿が同じ立場で話をしてるなんて、大陸系からすりゃとんでもないことだ。

とにかく日本じゃ虎の怖さを知らないから、いい加減な話が多い。「トラだ、トラだ、みんなでトラまえろ」なんてな。(笑声)

 

 だからこれはおそらく日本製の話だろう。「古家・漏り」を「古・ヤモリ」にしてしまうのも日本語の洒落だな。

え? 泥棒? 助けられたとか、何とか這い上がったなんて話は聞かないから、まだ穴の中にいるんじゃないかな。(笑声)

綱を持って助けに行くか。(笑声)

 

<脱線千一夜 第151話>


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