ヤブ医者と腸捻転と運

 

 先生の知り合いの音楽の先生のご主人のことなんだがな。そのご主人は一般のサラリーマンだったんだが、ある時に突然に腹が痛くなった。近所のN大学付属病院がその先生一家の行きつけだったので早速行って見て貰った。

医者の話じゃ、今回は取りあえず痛み止めの注射をして、それから精密検査をしましょう。然し精密検査の予定はぎっしり詰まってるんで、それは一週間ばかり先になります。その間は痛み止めの薬を出しましょうとのことだった。

痛み止めの注射をしたから、病院から帰ってきていくらか落ち着いたが、やがて前にもまして物凄い腹痛に襲われる。病院に電話したが、とにかく精密検査するまでは我慢してくれとのことだ。医者ってのは自分が痛いわけじゃないから、あくまで他人事(ひとごと)なんだよな。

 

 先生も一回酷い目にあったことがあった。まだなりたての、二十代位の女医に鼻の手術をされた時だ。

やられてる先生は痛いから必死で我慢してるのに「力を入れちゃいけません。楽にしてください」なんてバカな事言ってる。痛いから必死で我慢して力が入ってしまうんだ。

思うに奴さん、大学で死体解剖しかやってなくて、生きてる人間相手は先生が初めてだったんだろう。コチトラ生きてんだ。死体じゃねぇんだ。(笑声)

その時は鼻の中にガーゼを5枚突っ込まれてな。次の日にそれを出そうとしたら4枚しかない。もう1枚は一生懸命に探してるんだが見つからない。

先生の鼻の中はそんなに広いわけじゃないんだがな。最後になって「食べちゃったんでしょう」なんて言ってる。(笑声)

次の日に変な機械を使って鼻を奥まで拡げてようやく見つけ、5枚目を引っ張り出した次第である。

 

 

 こんな訳でヤブ医者にかかると患者が大迷惑だが、大迷惑だけで済めばいい。人間の生死にに関する事だ。

さっきの話のご主人、一生懸命に我慢して唸っていた所に、丁度運良く奥さん、つまり音楽の先生の弟さんがやってきた。

この弟さんがある病院のお医者さん。ご主人が具合悪いのでお見舞いに来たんじゃない。本当に偶然来たんだ。

その弟さんがご主人の様子を見るや「大変だっ! 義兄(にい)さん、腸捻転だっ。手遅れかも知れない。速く救急車っ!」っとその弟さんの勤めてる病院に急いで連れて行った。

手術したのは弟さんじゃなくその専門のお医者さんだったらしいが、無事に一命を取り留めたことがある。20年以上前の事だがな。

 

 腸捻転というのは小腸が捻れてしまって、其処で食べた物がつかえて先に進まず腐っていく恐ろしい病気で、時間との戦いと言われる。

それをのんびりと、いついつ精密検査しますからその時に来てくださいなんて、氷アズキを食べ過ぎてお腹こわした位にしか考えてない。(笑声)

20何年も過ぎたので医学も進んだから、もうこういったことは無いのかと思ったら、この間ある病院で見立て違いやらかして、男の子をこの腸捻転で殺してしまったことがあったな。

 

 日本人の死亡原因は

第1位 ガン・・・・・・30.3%

第2位 脳卒中等・・・・15.7%

第3位 心臓病・・・・・15.4%

だそうだ。

 

 これだけでもう3分の2近い。これに老衰死や交通事故のような事故死を入れると、腸捻転のようなその他の病気の比率は小さくなる。そうすればそれについてのベテラン医師は少なく、見立て違いで手遅れになる場合が多くなる。

先生も随分と長い間生きてるけど、親戚や知り合いで、さっきの主要三大原因と老衰・事故・自殺以外で死んだ人はいない。

だから医者もヘマをやらかすんだな。といったわけで、こんなにならないようにするのは、なんて言っても我慢だ。同じ我慢でも、我慢しちゃいけないって奴だ。(笑声)

痛けりゃワイワイ大騒ぎした方がいい。腹がイテーイテーイテー! 腸捻転だぁ! 死にそうだぁ! 霊柩車呼んでくれー、間違えた、救急車だー。(笑声)

でも、救急車で病院に行ったら、何のこたない。給食で余った牛乳を欲張って10本も飲んで、胃腸がおったまげたからだナンテナ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第155話> 


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