親子焼夷弾のプロペラ

 

 江田島の若奥さんが氷アズキの食べ過ぎでお腹をこわし、そのおかげで原爆死を免れた事は前に話したな。

全くの所、戦争中は僅かの紙一重で助かったり、死んでそれっきりになったりして、運命のような物を感じさせられたけど、こんな事も聞いた。

 

 先生の遠縁に当たる人だけど、歳は向こうが大分上の小父さん。だから戦争中は軍人だった。でも戦争末期の頃は東京にいたらしい。

ある晩にB29の大空襲があった。部下を指揮して火災を消し止め、家を焼かれ怪我をした被災民の誘導などをやっていたら、一発の焼夷弾が小父さん目がけて直撃した。

たまったもんじゃない、素っ飛ばされて地面に叩き付けられた。その時にゃもうお終いだと思ったそうだな。

所が助けられて起きあがって、どこをやられたんだろうと触ってみたら、どこも怪我はしていない。つまり血が出ていないんだ。

素っ飛ばされて地面に叩き付けられたんだから、あっちこっち痛いが、どうも怪我をしてる様子はない。足一本くらいどっかに素っ飛んじゃってるだろうと思って探したら、ちゃんと体にくっ着いている。(笑声)

一体なんだろうと思ったら部下の人が慌てて言うんだ。「隊長! カタナ! カタナ!」 何だろうと思って腰に差している愛用の軍刀を見たら、何とそれがグニャリと曲がってる。(笑声)

つまり愛用の軍刀が小父さんの身代わりになってくれたんだ。もしも軍刀を付けてなかったら、直撃弾だからそれこそ体が裂けてしまって命はなかったろう。

おまけにその焼夷弾も不発だったと言うから運がいい事この上ない。(笑声)

 

 このように大都市を狙って爆撃した焼夷弾は、親子焼夷弾と言って、48本の小型焼夷弾が纏まって落ちて来る。途中で火薬が破裂して縛ってあるバンドを切りバラバラになって、狭い区域に沢山の小型焼夷弾が落ちる。

これは先生は小学校の時に子供向きの戦争の本で読んで知った。ソ連がフィンランドを侵略する時に、親子爆弾というのを使ったというので、その絵や仕組みなんかが書いてあった。

これは焼夷弾じゃなくて沢山の小型爆弾が纏まって落ちてくる奴で、フィンランドではこれを「モロトフのパン籠」と言って恐れていたそうだが、そうするとB29が日本各地でばら撒いた親子焼夷弾は、さしづめ「マッカーサーのパン籠」とでも言うんかな。(笑声)

 

 所でこの間久しぶりで会った昔の同僚のMさんと、この親子焼夷弾の話をして、彼が危なく助かったというのを知りびっくりした。

夜間空襲のB29は高さ3000メートル位の所でこの親子焼夷弾を投下する。

3段重ねで48個の小型焼夷弾が縛ってある親子焼夷弾には小さいプロペラが着いていて、落ちていく時に空気を切ってそれがグルグル廻る。

そうしてある程度まで回転すると分解用の小さい火薬に火を付ける。そうするとバンドが焼き切れて、小型焼夷弾がバラバラになって落ちて行くというわけだ。

でも、何かしらの故障でこのプロペラがうまく廻らなかったりすると、分解用火薬が爆発しないで、つまり小型焼夷弾がバラバラにならないで、ぶっといまんまで48個がどしんと落ちてくる。

1個の焼夷弾でも消すのが大変なのに48個が丸ごと落ちてきたら大変だと思ったらこれが心配無用。小型焼夷弾には横にポッチが出ている。ポッチが押されてるときは安全装置が働き爆発しない。

つまりマリアナ基地やB29の爆弾倉では、バンドで縛ってお互い同志が押し合っているから、ポッチが押されて安全装置がかかってる。空中でバンドが切れると1個1個の小型焼夷弾がバラバラになるから、ポッチが出て安全装置が解除されるんだ。

だからこの小さいプロペラは大事なのだから、一つだけじゃなくて予備も着いていたらしい。と言ったわけで、仮に1000回プロペラが廻ると丁度いい高さになって爆発するように設定してあったら、片方のプロペラがまだ999回しか回転してなくても、速く廻った方が1000回転してれば、そっちの方の分解用火薬に火が付き爆発してバンドが切れる。

そこでバラバラになって落ちてくるんだが、爆発した方のプロペラはいいとして、もう片方の奴はどうだろう。もし、焼夷弾の燃えている火事の中に落ちてくれば、火薬は破裂してしまって問題はないんだが、火事じゃない所に落ちてきたらどうだろう。

 

 実は当時中学2年生だったMさんは、これを拾ったんだそうだ。1000回転すると爆発する奴がまだ999回転位かもしれない。あと、1回転すりゃドカンだけど、こんな物は拾うと廻してみたくなるもんだな。何にも知らぬMさん、これを廻そうとした。然し、幸いなことに地面に落ちた時に、心棒が曲がったのか何としても廻らない。・・・・・・・結局、腹が立って、何だ、こんなもん・・って地面に叩きつけた瞬間、轟音。青くなったという。

それからこれで大怪我したり命を落としたりした者が出たので、変な物はいじらないですぐに警官か軍隊に連絡する事になった。

 

 先生は残念ながら大した物を拾ったという経験はない。1回だけ、「マリアナ新報」って言う宣伝ビラを拾った。すぐに警官に渡っしゃったがね。

日本の輸送船団はアメリカの潜水艦などにやられて全滅だと書いてあった。確かにその事は正しいのだが沈没していく輸送船の写真が、誰が見ても下手なトリック写真。アメリカ軍にもニュースカメラマンが大勢居るのだろうから、もっとまともな写真入れりゃいいのになんて思った。

 

 それから、日本人の着物を着て日本髪に結った女の人を、トラが馬乗りになって食い殺してる絵があった。何の話かと思って読んだら、トラじゃなくて化猫だ。(笑声)

鍋島藩の化猫騒動にからげて、今の日本は天皇や国民を無視し、軍隊が好き勝手にしてると言うことを書いてあるんだが、絵の方はおもしろ可笑しい。

着物はまあ少し変だと思う位だが、女の人の顔は何だかフィリッピン人かインドネシア人かあっちの系統、(笑声) 日本髪はと言うと、浮世絵調の吉原の花魁(おいらん)みたいだったナ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第157話>


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