赤毛のアンと美空ひばりと石原裕次郎

 

 普通のお話の女主人公っていやあ、まあ、綺麗な可愛い子だという風に、話が決まってる。

白雪姫が、まるで、猿みたいな、見られたもんじゃあないって顔してたんじゃ、話になんないやなあ。(笑声)

大体が物語ってのは、その主人公に自分を投影して、つまり主人公に成りきって、主人公と一緒に悩み、主人公と一緒にハラハラドキドキするような危機を乗り越え、主人公と一緒に勝利の快感を味わうってもんだ。

だから、本屋もよく知っていて、女の子の話となると「小公女」「家なき娘」「若草物語」「あしながおじさん」等、それ相応の女の子を主人公にしてる。

 

 所がこの世界に、とてつもない不器量な女の子を主人公にした、呆れ返った原稿を持ち込んだ女の人がいた。

お、手が上がった! 早いな。誰だ? その変わった女の人は? 

そうだな。カナダの小説家のモンゴメリの「赤毛のアン」だ。言われて、あ!そうか、なんて納得した者も多いな。

この「赤毛のアン」の話は、何故か日本人にはとても人気があって、カナダのモンゴメリの生家を尋ねる人も、日本人が一番多いらしい。

 

 所でモンゴメリは、この「赤毛のアン」の原稿を引っ下げて、こんな面白い話は無いでしょうと売り込みに行ったが、当て外れ。どの出版社も内容を読んで、こんな物は売れっコナイヨって突っ返される。(笑声)

出版社という出版社を、片っ端から当たって、何とかお願いしますって、土下座はしなかったろうが、必死で頼んだが全部駄目。(笑声)

もう駄目だって諦めて、原稿を新聞紙に包んで、物置に放り込んで置いた。そのまま何年間か、彼女の頭の中から「赤毛のアン」の事は忘れられていたが、数年経って、物置の大掃除があった。

何だか分からないが、古い新聞紙に包まれた物がある。爆弾か!(笑声)

恐る恐る開けてみると、前に自分が書いた小説で、どこに持っていっても相手にしてくれなかった奴だ。

どんなこと書いたんだっけと、その原稿を読み出したら、こりゃあ面白い。止まんない。大掃除はすっかり忘れて、ゲラゲラ笑いながら「赤毛のアン」を読んだ。物置の中でだ。(笑声)

自分で書いて自分で笑ってるんだから、世話ねえな。先生と、このHPみてえだ。(笑声)

でもとにかく、子供達が、こんな面白い話を読む機会がないってのは可哀想だ。この本を出版しないのは、全人類的な不幸だと思ったらしい。自惚れもここまでくると、ノーベル賞級だ。(笑声)

どっかの出版社で何とかして貰おうと、モンゴメリさん、性懲りもなく、又、出版社回りを始めた。そうして、とうとう、ある出版社がその意欲に負けて、まあ二束三文て所だろうが、原稿を買ってくれた。

 

 大したこと無いだろうと、赤字にならないように、出版社は、あんまりは印刷しなかっただろうが、この本がバカ受け。(笑声)

「売り切れ」「売り切れ」で本屋の方から矢の催促、再版に次ぐ再版で、出版社は大儲けした。それが劇や映画に成ったときに、版権を持ってるのはモンゴメリから買い取った出版社だから、そっちは大儲けでホクホクだが、肝心の著者のモンゴメリは、一円にも成らない。

でもまあ、この本を出版して、全人類的な不幸を救う事が出来たんだと思って、諦めてたんかな。(笑声)

これからモンゴメリの所に、どんどんとファンレターが来て、それから「赤毛のアン」はどうなるんですか。と、続編を心待ちにしている声が高まった。

出版社も掌を返したように、前回のような二束三文じゃなく、それ相応の原稿料を払いますから、読者が期待してるような続編を、是非書いて下さいと言うことになった。

「赤毛のアン」シリーズはみんなも知ってるように、アンが学校を卒業し先生になり、子供の時の喧嘩相手のギルバートと結婚し、何人かの子供が出来、期待していた男の子は、ドイツとの戦いで戦死・・・・・・・・といったいわゆる大河小説になったのは、みんなも知っての通り。

会社じゃどうせこんな物、売れっこないから、あんまり金をかけずにやろうなんて言うのは、前にも話したが「ローマの休日」なんかがそうだな。

助演のグレゴリー・ペックはいいとして、主演のオードリー・ヘップパーンなんて、当たるか外れるか分からない代物。だから一番安上がりな、ローマでのロケーションで済ませた。

これが大当たりで、かつて紅顔の美少女と好青年だった俳優達本人が、歳を食って死んじゃった今日でも、VTRのテープが売りに売れている。

 

 このように、売れっこないと思ってたのがバカ受けすることが、ごくたまにあるが、美空ひばりもこれだったらしい。

歌は旨くて、のど自慢荒らしなんかやってたそうだが、アマとプロの間の垣根は厚い。なんとか歌手に採用して貰おうと、あっちこっちのレコード会社を尋ねたが、どこでも駄目。

やっとある会社に採用されたが、こんなガキなんか使いようがねえやと、ゲテ物扱い。始めのレコードは、カッパのかっこして歌う「カッパ・ブギ」今でもテレビで、何とか言う女がカッパのかっこして出てるが、アレの先祖と思やあいい。(笑声)

所が、運が彼女に味方したんだな。この頃、笠置シズ子の「東京ブギ」「ヘイヘイブギ」等、ブギが大流行。

ゲテ物にはゲテ物なりの使いようがあるだろうと、この真似をやらしたら、これが受けた。「東京ブギ」って知ってるか? そうだな。

  ♪東京ブギヴギー リズムうきうき

     心ずきずき わくわく

   海を渡り響くは 東京ブギヴギー♪(笑声)

 小学生のちっぽけな女の子が、こんな歌を歌って踊りまくるんだから、こりゃ珍奇で面白い。

それ以前は、子供が下らない歌を歌うのは教育上悪いなんて、教育評論家や場合によると文部省のような役所から、チェックがあったんだが、日米戦に負けて、その点も滅茶苦茶だったんだ。

自由主義や民主主義ってのは、権力より人気が優先するんだな。とにかく運がついてたと言うわけで「ジャリタレ第1号」が誕生。

 

 え? ジャリタレ?

「ジャリ」は「砂利」で「餓鬼(ガキ)」って言う子供に対する侮蔑語を、1ミリばかり上品に言う言葉だ。(笑声)芸能興業界で使うスラングだな。

タレは勿論タレント。つまり、芸能界でお客にいっぱし人気があるガキンチョって事だ。今は結構大勢いて、脳味噌の薄い奴等に、キャーキャー騒がれてんな。(笑声)

とにかく大人気で、日本全国を制覇し、外国に遠征しようとしたらストップを喰った。

ブギの本家の笠置シズ子の方からだ。先に美空ひばりに行かれちゃうと後から行く笠置シズ子が美空ひばりの真似をしてるように見られちゃう。

だから、本家の笠置シズ子が行ってからでなけりゃ、美空ひばりは行ってはならんなんて事、言われたそうだ。

ま、ここまで人気が沸騰すると、美空ひばりを、こんなゲテ物なんか使いようになるもんかって断った他の会社は残念至極だ。そこで急いで対抗馬を探し、江利チエミとか雪村いづみなんかをデビューさせた。  

 

 石原裕次郎も、あっちこっちの会社のニューフェースを受けて、どこも駄目だったという話だ。

所がいい塩梅に彼の兄貴の石原慎太郎が「太陽の季節」を書いて、芥川賞を取った。

これが映画化されて撮影の時に、主演男優はヨットの操縦が出来なかった。

どうしようかと言ってた時に、原作者の石原慎太郎が俺の弟の裕次郎は遊び人でそんなことは旨いから使ってくれって話が出たらしい。

丁度、主演男優と裕次郎とは体格が似てたんで、ロングや後ろ向きなら分からないし、アップの時は如何にも主演男優が操縦しているようだが、その実、カメラに見えないところで裕次郎が操縦した。

この時に芸能界の大姉御の「水の江瀧子」の目に留まり「石原慎太郎の弟って言うあの子、使えそうじゃない。」と、会社の者と話し、次の若者向きの映画の主役に抜擢した。

丁度その頃、かつては手の届かぬ所にあったオートバイ、スポーツカー、ヨット、モーターボートなどが金持ちのドラ息子の玩具になりかかった時で、会社が旨く、その風潮を捕らえ、アラン・ドロンのような偶像にしたてて大儲けしたのは、美空ひばりと同じだ。

所がこの頃、先生が週刊誌だか雑誌だかで読んだ記事になんともヘナチョコなのがあった。会社では石原慎太郎に俳優になってくれと頼みに行ったのだが、慎太郎は俺はやる気がない。弟にやらせると言って、慎太郎の弟の裕次郎が俳優になった、と書いてあった。

いくらなんでも読者をバカにしてるような記事だが、その頃のミーチャンハーチャン達の頭の程度には、分相応な書き方だったんだろう。

 

 今は東京都の知事閣下である石原慎太郎氏の「太陽の季節」については、先生はその本を読む光栄に浴していない。

と言うのは、当時、哲学の某教授が、芥川賞って言うから少しは気が利いてるものかと思って読んでみたら、たかが知れた、ミーチャンハーチャン向きの風俗小説で、読むだけ無駄だ、時間を損した、って言ってたんで、ミーチャンハーチャンならぬ、その教授と同じ学究の士である所の先生は(笑声) 初めから読むのを止めといた。

彼の本を読んでないだけじゃない。石原裕次郎や美空ひばりの映画も全然見ていない。レコードもテープも買ったこと無い。全然自慢にゃ成らないがな。(笑声)

 

 え? ミーチャンハーチャン? そうか。この言葉も半分は死語に成っちゃってるな。

ミーハー族とかミーハーと言えば、分かる者もいるだろう。大衆芸能のファンの中で、中以下の知的水準にある者だろうな。(笑声)

だから同じ芸能界ひいきでも、自分達は新劇とか洋楽とかが好きなインテリだと自惚れ、あのミーチャンハーチャンとはランク付けが違うと、優越感に浸ってる連中がいる。

 

 でもハタから見りゃ大した違いはない。

ミーハー族は音階で「ドーレーミーハーソーラーシードー」の3番と4番は「ミーハー」だが、その上は「ソーラー」だ。(笑声)

他人をバカにするほど、自惚れちゃいけませんぞ、大した違いは無いんだからって「ソーラー族」なんて言われている。(笑声)

 

<脱線千一夜 第162話>


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