イワシの頭と信心

 

 この間、池袋を歩いてたら、ある青年に声をかけられたんだ。

何かと思ったら、仕事の上で、何か悩み事はないでしょうか。対人関係ではどうでしょうかと、いろいろと聞いてくる。

実の所、先生はこういう連中大好きなんだ。

前にも、三人ばかりの中年の女が連れだって、変な宗教らしい物をすすめに先生の家にやって来た事がある。

しめた、これはいい暇つぶしになるって訳で、逆に、一体どのようなキッカケで皆さんは入信したんですか、いつ頃からですか、ゴリヤクはありましたか、組織はどうなってますか、経理はどういう人が担当してますか、その人は公認会計士の免許持ってますか、教祖は神通力があるそうだが、それを実際に見ましたか、その話は手品とすると、全然幼稚で子供っぽいとは思いませんか、などなど逆襲してやった。

そうして、それはよくない、あなた達は騙されている。早くやめなさい。私だから、このように親切に教えて上げてるんだ。よそじゃあ、「イイデス」って言って、パタンと戸を閉められ「何だか知らねえけど、キチガイ女が三人来てモゴモゴ言ってたぞ。目のつり上がり方からして相当のもんだぞ。家族や親戚の者は気の毒に」って「ハハハハハハ」と笑われてるんだ。とにかく、いますぐにでも足を洗っちゃいなさい。と言ったら、いやな顔して帰ったけど、その内の一人は先生の弁舌に感心して、すぐに辞めちゃったそうだ。(笑声)

所で、その、池袋の青年はこれは一筋縄じゃあいかない奴で、簡単にへこまない。

先生も知ったかぶりの、哲学、文化人類学や動物行動学の知識を総動員して丸め込もうとしたら、「じゃあ、そういういいお話は、お宅にお伺いして、ゆっくりとお聞きしたい」と開き直って来たね。

こりゃあ、カナワン、こんな宗教キチガイに家まで付いて来られて、ネバられたんじゃあ、たまったもんじゃない、今、知人と新宿で待ち合わせてるんだからって、うそ言ったら、では、お名刺ください、って来たよ。

あいにく名刺は忘れて、今、持ってないって言ってスタコラサッサと逃げて来ちゃった。

あんな狂信家に家まで付いてこられて、ねばられたんじゃあ、たまったもんじゃないよ。

 

 名古屋で会った青年は、割と純情だった。

いろんな事、言ってたから、ツクヅクと顔を見つめて「あんた、そんな事、本気で信じてんの。それとも商売でやってんの」と言って、逆に一席ぶち始めたら、「いいでしょ、僕は信じてんだから」と言って逃げてっちゃう。

だから、「まだ、話は終わってないよ。全部聞けよ」と言いながら追いかけたが、逃げられちゃった。(笑声)

見てた人は、逆に、先生が宗教家で、青年にしつっこくすすめてるように見えたかも知れないナ。(笑声)

あの連中は、仲間をふやすと、自分の地位と言うか、階級が上がるらしいね。つまり一種のネズミ講だな。

人間には欲のないのはいないし、いくら法律を作って取り締まっても、法律の隙間を狙って次から次へと現れる。宗教のネズミ講ってのも、こんなふうに、たくさん有る。

 

 とにかく、日本には本当の宗教ってのがない。だから、真面目な者が引っかかる。

七五三や結婚式は神道、葬式は仏教、クリスマスのバカ騒ぎはキリスト教、人間の生きる道、つまり道徳の基準がないんだな。

そうかと言って、キリスト教を信じて、ノアの箱船なんてのを本気にしてんのも、愚の骨頂だな。

大分以前の事だが、ノアの箱船の跡を、山の中でアメリカ人が発見したなんてのが、新聞に出てた事があったよ。

そんなくだらない事を出す新聞屋も新聞屋だ。航空写真までついてたよ。

仏教だっておかしな事がある。

般若心経なんてのは、まあ、まともな方だが、観音経なんてのは、おかしな話ばかりだ。「ネンピーカンノンリキトウジンダンダンネー」なんてのがある。意味はと言うと「観音様の力を信じれば、刀で切られても、刀がバラバラに崩れてしまって、全然怪我をしない」って事だ。まるで、防弾チョッキみたいだ。(笑声)

神道だって、日米戦のときは、日本は神の国だから、絶対に負けない。

最後には、元冦の時のように、神風、つまり大きな台風が吹いて、アメリカの飛行機も軍艦も、全部、海に沈めてしまう、なんて事言ってたんだ。

実際は、神風どころか、東海地方に大地震があって、そのあたりは、上からは空襲、下からは地震、海からは艦砲射撃、泣きっ面に蜂のひどい目にあった。

 

 でもまあ、信じる者は救われる、イワシの頭も信心からって言うよナ。

先生の子供の時には、正月か節分の時かに、イワシの頭をヒイラギの枝で差して、玄関や、お勝手につけておいたもんだ。

何のオマジナイかと思ったら、本に書いて有った。

悪魔、つまり、疫病神がやって来たら、ホレ、この通り、頭叩っ切ってハリツケにしてやるぞ。入りたけりゃあ、入ってみやがれ!(笑声) と言ったオドカシだそうだ。

これでも、何か悪い事が有ったら、ああ、あのオマジナイをやっててよかった。やらなかったら、もっと、悪い事があったに違いない、って気休めになるからな。

でもまあ、信じるんだったら、第一番に、自分はトテツもなく頭がいいって信じるのがいい。(笑声)

俺はものすごく頭がいいんだぞ。成績が悪いのは、勉強してないせいだ。(笑声)

みんなも先生も俺を頭が悪いと思ってんだろうけど、俺は先生よか頭がいいんだ。勉強さえすりゃナ。(笑声)

俺の事バカだと思ってる奴は、そいつがバカなんだ。俺は大天才だぞ。今からしっかり勉強して、あいつら、目を回わさせてやる。

と、マア、信じるなら、第一にこれを信じろ。イワシの頭より効き目があるぞ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第23話>  


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