暗号
「ニイタカヤマノボレ」だとか「トラトラトラ」なんてこと知ってる者大勢いるな。
「予定通り真珠湾に突っ込め」だとか「我、奇襲に成功せり」とかと言う意味で、このような暗号は他人が聞いても全然分からない。
日露戦争の時の日本海海戦で「天気晴朗なれども浪高し」って言う電文も暗号だったそうだ。
これは、敵がやってくる所に、爆弾をたくさん付けた長い紐を海に流す。それを見た敵があわてて避けようとして混乱した時に、やっつけちゃおうという作戦計画であった。
所が、波が高くてそんな事は出来ない。下手すりゃ味方の船に爆弾ぶつけちゃう。どうしょうもないから、一か八か出たとこ勝負でやりますよ。(笑声)
敵はどんどん迫って来る。何やったらいいか分からない。幕僚の連中は、ああだこうだ言いあっていて、いい考えがない。司令官の東郷、頭の中が真っ白になったろうが、とにかく左に曲って敵の邪魔をしろって命令した。
ロシヤ艦隊の正面に、ずらりと日本艦隊が船の横腹を見せて並んだので、ロシヤの司令官はおったまげて「東郷は気が狂った」って言ったそうだ。(笑声)
でもこの出たとこ勝負が大当たり。アメリカやイギリス等、世界中の国々があっけにとられるようなメチャ勝ちをした。
大敗したロシヤは、皇帝が信用を無くして革命騒ぎになり、ソビエト連邦が出来たのはみんなも知ってるな。
でも、日本の方もこれで悪い癖がついてしまって、精神力さえあれば絶対に勝つ。作戦計画や科学兵器なんかは二の次なんて考えが横行したから、この日本海海戦でロシヤが負けた以上の大敗をあっちこっちでやらかした。
ニューギニアで、ビルマで、マリアナ沖で、そうして東京大空襲や原爆は皆の知ってる通りだ。
こういうのを何て言うかっていうと「成功は失敗の母」って言うらしい。(笑声)
どっかで聞いた事のある文句だな。
そうだ。エジソンだな。
だけど少し違う。エジソンのは何て言うのか。
うん、「失敗は成功の母」つまり、いくら失敗してもくじけずに頑張れ。そうすりゃ必ず成功する。
という事だが「成功は失敗の母」ってのは、ある方法で成功すると、バカの一つ覚えで同じ事を繰り返して、いつかは決定的な大失敗をやらかす、これはエジソンではなく、日米戦中に海軍の航空参謀をしていた源田国会議員の、自分も含めて当時の日本軍を批判した言葉だ。
オヤ、何人か知ってた者いるね。
さて、話を本題の暗号に戻すと、今のような特殊な場合を除けば、戦争や外交や商売では十や二十の文について暗号を作っても足りない。
そこで、一つ一つの文字を他のものに置き換える方法を使う。
世界で一番古いと言われるローマ時代のジュリアス・シーザーが使った暗号はABCを少しずらすといった方法だ。
例として ILOVEYOU を一つ後へずらすと
I L O V E Y O U
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
J M P W F Z P V
JMPWFZPVでは何の事か意味が解らない。そこで受け取った方は、一つ前にずらして
J M P W F Z P V
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
I L O V E Y O U
といった按配に、元の文に復元出来る。
この方法の欠点は、一つずらしだったらどうだろう。二つずらしだったらどうだろう。三つずらしだったらどうだろう。と調べていくと簡単に分かっちゃう。
☆や○や※のような記号を使う方法や、人形の絵を描いたりするのもある。
そうだ、ポーの「黄金虫」やドイルの「踊る人形」なんかに出て来るが、これもデュパンやホームズのような名探偵によって解かれてしまう。読んだ人いるだろう。
そうだな。英語にはEが多い。次は何、次は何と大体の傾向があるから、その記号の出て来る頻度を調べて、少しずつ見当をつけて行く。
古代のエジプト文字もこのようにして、解読したらしい。
そこで、キーワードを使う方法が考えられた。
例えばキーワードを12345としよう。この事は、ずらす距離を始めは1、次は2、……と変える訳だ。つまり
I L O V E Y O U
1↓2↓3↓4↓5↓1↓2↓3↓ 後にずらす
J N R A J Z Q X
1234512345123……と繰り返し繰り返しキーワードを使って、字をずらしていくんだが、同じJでも元の字がIの時もあるし、Eの時もある。
キーワードを知っている味方だけが、その数だけ前に戻して読む事が出来る。
J N R A J Z Q X
1↓2↓3↓4↓5↓1↓2↓3↓ 前にずらす
I L O V E Y O U
これじゃあ、キーワードを知らなけりゃ絶対に解けないだろうなんて思ったら大間違い。
難しい話は抜くが、長い文が手に入ったら、同形文字列というのを手がかりにして解く事が出来る。
もうこうなったら、作る方と解読する方の競争で、毎日キーワードを変える。
さっきは12345とたった五桁だったけれど、これを何千桁という物にする。そうして、お互いに敵の暗号を解く研究をする。
これを暗号戦と言うんだが、日米戦の時には、撃沈されて海の底に沈んだ日本の潜水艦の船室の中に、アメリカの潜水夫が入って行き、暗号の書類を持って来ちゃった。それで日本の暗号が解読され、山本長官の乗った飛行機が待ち伏せされて撃墜されてしまった。
又、日米戦の前には、アメリカにある日本大使館と日本の外務省の暗号通信がアメリカ側に解読され、日本は口先では平和解決を望んでいても、それは時間の引き伸ばしで、実際は戦争の準備を着々と進めている事がばれて、アメリカを怒らせてしまい、それが会談が決裂する大きなきっかけだとも言われている。
でも、日本の暗号が全部アメリカに解読されていたという訳じゃない。キスカ島の守備隊が、夜、暗闇にまぎれて脱出してしまった後、アメリカの軍艦や飛行機が砲撃したり爆撃したり、その後、おっかなびっくり上陸したら誰もいなくてもぬけの殻。(笑声)
これはキスカ島脱出の命令や詳しい打ち合わせ等、暗号がアメリカには解読出来なかったのだろう。
一方、ヨーロッパではというと、イギリスとドイツが必死で戦っていた。
暗号戦はというと、これはイギリスの方が勝っていて、相当量のドイツ軍の暗号を解読していた。
そうしてある時、ドイツ軍の爆撃機がイギリスのある町を空襲することが分かった。
もし君達がイギリスのチャーチル首相だったらどうする。さっそくその町の人達に避難命令を出すだろうが、彼は何にもしなかった。航空隊の方にも、全然、連絡しなかった。
さてその晩、その町に殺到したドイツの爆撃機は、次から次へと爆弾の雨を降らせ、美しい町はたちまち廃墟となり、吹き飛ばされた死体は山のようになった。あわててイギリスの戦闘機が飛んで来た時は、もうドイツの爆撃機はさっさと引き上げてしまっていた後だった。
又、アメリカから来たある偉い人が大西洋を船で帰る時、その船をドイツの潜水艦が狙っている事が分かった。でもチャーチルはその事をおくびにも出さず、その人と別れ、予定通り船はドイツの潜水艦の魚雷を受け、予定通りその人始め船に乗っていた人は全員死んだ。
こうしてみるとチャーチルはひどい冷血漢、非情の人間のように思えるが、実は理由がある。
チャーチルが恐かったのは原子爆弾だったんだ。
もしドイツで原子爆弾が完成して、それでイギリスを攻撃して来たらひどい事になる。原子爆弾を積んでいるドイツの爆撃機が飛んで来たら、イギリスの飛行機の全部を動員してでも、ドーバー海峡で撃ち落とさなければならない。その為には、少しの犠牲には目をつぶって、イギリスはドイツの暗号は全然分かりませんといった顔して、しらばっくれてなけりゃならない。
戦争が終ったら、何てこたない、ドイツの原爆研究は全然進んでなかった。(笑声)
戦争の悲喜劇の一つの例だな。
日米戦の末期の日本では、アメリカの空軍基地のサイパン島やテニアン島の無線を傍受して、なんとか暗号を解こうと必死だった。
アメリカ軍の使っている暗号はストリップ暗号という。どんな訳でストリップ暗号って言うのか分からないが、これを解く為に大勢の数学者や数学の学生が動員された。暗号は数学の一分野だからな。
でも、難しくて「サイパン」と言う一語すら分からない。考えすぎて気違いになった人も出たそうだ。
そうして、日本がアメリカに負けて戦争が終ったら、ストリップという物がはやった。女のハダカ踊りの事だが、これを夢中で見すぎて気違いになったという人はいないようだ。平和はいいもんだな。(笑声)
<脱線千一夜 第50話>
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