千駄ヶ谷

 

 二葉亭四迷という作家は有名で、みんな知ってるよな。代表作には「浮雲」「其面影」「平凡」なんてのがあり、読んだことのある者もいるだろう。

所でこの二葉亭四迷というペンネームには、どんな由来があるか知ってる者多いな。そうだ。くたばってしめえだ。

自分は小説家になると家の人に話したら、小説家、つまり文士なんて奴は、みんなグウタラのデキソコナイばかりだ。どうしてもそんな者になりてーなら、もう家には入れねえ、勘当だ。どこへなりとも行って、最後にゃ行き倒れになって、くたばってしめえ、と怒られ、家から追い出されてしまった。

この時に言われた言葉の「くたばってしめえ」をもじって「フタバテイシメイ」つまり「二葉亭四迷」にしたのは有名な話で、殆どの者は知ってるな。

 

 所で、この「二葉亭四迷」に匹敵する面白い名前があるが、文士じゃなくって、俳優の「千田是也」だ。この「千田」というのは千駄ヶ谷、JRの代々木と信濃町の間の駅で、国立競技場があるので有名だな。「是也」と言うのは「コリアン」、つまり朝鮮人というのだ。

かつて、日本の権力者や為政者が大陸に植民地を求めて侵略し、まず、朝鮮を日本に併合してしまった。

王様だけは日本に連れてきて、天皇陛下の弟分にする。でも、体裁のいい人質みたいなもんだ。

だから、朝鮮人の反抗はすさまじく、この政策を推し進めた政治家の伊藤博文は暗殺されてしまう。このような時に、東京を中心にした大地震が起きた。そうだな。関東大震災だ。

この時に、朝鮮人が反乱を起こしただの、井戸に毒を入れただのとデマが流れ、又、わざと流したという説もあるが、朝鮮人の大虐殺があった。事もあろうに、文明国の首都でありながら、軍隊も警察も一緒になってやったんだから、ひどいもんだ。

 

 この時に、ある日本人の演劇志望の青年が、千駄ヶ谷の駅に来たら、間違えられて、怪しい奴だと自警団に捕まった。

お前の顔はどう見ても朝鮮人だ、爆弾で線路を壊しに来たのだろう、さもなけりゃ、駅の水道に青酸カリでも入れる気なんだろう。日本人にはそんな顔の者はいない、誰が見てもそのツラはチョーセンヅラだ。(笑声)

危なく叩っ殺されるところを、いろいろと弁明し、日本人であることを分かって貰い、九死に一生を得たと言うんだが、彼はそのことから、つまり、千駄ヶ谷で朝鮮人、つまりコリヤンに間違えられて殺されるところだったと言うんで、千駄ヶ谷駅の朝鮮人、センダガヤのコリヤン、センダコレヤ(千田是也)と言う名前にしたと言う訳だ。(笑声)

 

 この間、その千駄ヶ谷の駅に行った時に、駅の近所で二人の外国人が話をしていた。外国人と言っても、朝鮮人じゃなくって、白人の女の人だったけれどね。

この二人が、面白いことに片言の日本語で話をしてる。

「アソコ、センダガヤエキ?」

「ソウデス。アソコ、チイサイエキ、センダガヤエキデス」

外国人同士が日本語で話をしてるのは、何とも奇妙なもんだったが、あの二人は多分、母国語が違うのだろう。オランダ語とスペイン語とかね。

だから共通して理解できるのは、今、住んでいて日常使っている日本語で、それを使って話をする訳だ。日本人と中国人が、アメリカで英語で会話するようなもんだね。

 

 この学校には外国人はいないようだが、前の所には、よく外国人の子が転校してくることがあった。

2年の時に朝鮮から来て、日本語は何にも分からない。仕方なくて、大事な連絡なんか、片言の英語で話したことがある。

でも、1年もすると、もう日本語に達者になって「何イイヤガンダ。テメエノ方ガ、頭オカシインジャネエカ。バーカ!」なんて言葉がポンポン出てくる。(笑声)

 

 別の子で、マリアナから来た子がいた。これも、初めは日本語全然分からなかったが、たちまちの内に流ちょうになって、一年ほどして、廊下で「先生!」と、呼び止められた。「何だよ」って聞いたら、一人の下級生を指して、口とんぐらかして言う事には「先生。僕、外国人だよねえ。こいつ、全然本気にしねえやがんの」(笑声)

外国人なら、もっとたどたどしい日本語使えってんだよなあ。ムードがないよ。(笑声)

 

<脱線千一夜 第79話> 


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