『偉大なる首領様』

 

 仏教を開いたお釈迦様は、産まれたときにすぐに立ち上がって何歩か歩き、右手で天、左手で地を指し、反対だったかな。(笑声)「天上天下唯我独尊」と宣(のたま)ったそうだ。

「天上天下唯我独尊」って何の事だ? 知ってる者いるか。いないだろうよな。今の物質万能時代に、こんな話はバカバカしくって、受け入れられないからな。

この「天上天下唯我独尊」ってのは、世界中、いや宇宙中で、オレ様が一番エライってんだ。(笑声)なんともまあ可愛げのないアカンボだよなあ。家庭内暴力のハシリみたいだな。(笑声)

 

 でもこれは大昔のオハナシ。だが、これに似たことは今でもあるんだ。その主人公は『偉大なる首領様』というオッサンだ。(笑声)

この『偉大なる首領様』というオッサンがお生まれになったのは、革命の聖地である白頭山、そこに突然として二つの大きい星が現れ、その二つの星の間に燦然として輝く第三の星が現れた。

時は満ちて『偉大なる首領様』がお姿を現されると、天地はそれを寿(ことほ)いで、凍り付いていた白頭山頂上にある湖がふたつに割れ、空には二本の鮮やかな虹がかかった。

ロシア側の記録によると『偉大なる首領様』がお生まれあそばしたのは、白頭山とは全然関係ないシベリアのビヤック村という淋しい村で、いくらか都会めいたハバロフスクから70キロも離れていた。

難産で母親がとても苦しんだが、医者にかかれず、赤ん坊を最終的にとり上げたのは、ワーリャという婆さんだった。

そもそもがこの婆さんは産婆じゃなくってシロウトの無免許獣医だったとか。(笑声)

 

 所で『偉大なる首領様』は、両手を上げただけで、荒れ狂った天候を静めることができ、指で触れただけで海を肥沃な大地に変え、足を踏み入れるだけで荒れた谷を天国に変えることができた。(笑声)

『偉大なる首領様』のお姿が現れるところ死人は蘇り、枯れ木は生き返り、小川は山に押し返された。(笑声)

1983年の9月、第35回建国記念日を前に悪天候だから式典を延期しようと言う提言が、関係者からあった。然し『偉大なる首領様』が式典はそのまま行うようにと命令をされると、天も畏れ多く思ったのであろう。忽ちに雨が止んだ。(笑声)

 

 とにかく大学在学中の頃はどうしようもない極道息子で、遊び呆けていて、真面目に授業に出てないってのに、30以上の立派な論文を書いて、業績を残しているという大天才だ。

もし、科学者になったら、ノーベル賞を独り占めにしちゃうだろう。(笑声)

 

 こんな事を本気にしてるなんてばっかじゃないかと思うけど、『偉大なる首領様』『偉大なる首領様』『偉大なる首領様』『偉大なる首領様』『偉大なる首領様』(笑声)なんて朝から晩まで吹っこまれちゃうと、いつの間にかその気にさせられちゃうらしい。

それに、ちょっとでも悪口言ったら、徹底した密告システムがあって、すぐに捕まえられて収容所、そして餓死か凍死。

『偉大なる首領様』イコール国家なんだ。うーのすーの言わせない。

『あなたがいなければ、この国は成り立たない』という『偉大なる首領様』を称える歌が流れているが、これは決して冗談でも冷やかしでもない。

この国にとってはで、大真面目な歌であって、教育によって『偉大なる首領様』の為に何時でも命を捨てろと教えられている。

かつてラングーンでテロを起こした工作員達は、まさにこの教えに従ったのだし、航空機を爆破したテロ犯人は

「私達は『偉大なる首領様』の為ならいつでも命を捨てることが出来ると思っていたし、それが最高の名誉だと教育されました。だから『偉大なる首領様』から航空機の爆破を命令されたとき、偉大な人の為に働ける、絶対に成功させようと誓いました」

丁度、日本じゃ日米戦の時の神風特攻隊の話みたいだけど、その頃、天皇陛下は神様ですの時代でも、この『偉大なる首領様』にはかなわない。

何しろ、手を挙げただけで、天候を自由に変えられるんだから、敵の飛行機なんか、みんな海に叩き落としてしまうだろうな。(笑声)

 

 『偉大なる首領様』のお姿が現れるところ死人は蘇りってんだからたいしたもんだ。

でも、死人が蘇るってんじゃ、医者要らず、葬儀屋要らず、坊主要らずだな。医者、葬儀屋、坊主みんな一斉に失業か。(笑声)

 

<脱線千一夜 第142話>


前へ戻る
メニュー
次へ進む